万葉集その七百十一 (明日香の石橋)

( 明日香の飛び石 昔は石橋とよんだ)
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( 明日香川は今も昔も田畑を潤し続けている )
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( 稲渕の棚田の脇を流れる明日香川 )
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  万葉集その七百十一 (明日香の石橋)

「石橋」というと石造りの立派な橋を想像しますが、万葉での石橋は
川を渡るため浅瀬に飛び石を置いたものをいいます。

都の中ならいざ知らず、町並みはずれた田舎町では橋を造る財力も技術もなく、
人々は対岸に渡るため平らで大きな石を探し、川に埋め込んだのです。
それでも結構重く、大変な作業でしたが、日常生活に不可欠な通路は
多くの人達が協力しての産物でした。

石橋は若い人たちにとって恋の通い路。
水かさが増して石が沈んだり、流されたりした時は、恋しい人にも逢えず
悶々とした日を過ごすことになります。

「 明日香川 明日も渡らむ 石橋の
      遠き心は 思ほえぬかも 」 
                  巻11-2701 作者未詳

( 明日香川 あの川を明日にでも渡って逢いに行こう。
 その飛び石のように、離れ離れに遠く隔てた気持ちなど
 少しも持ったことがないよ )

女から「このごろ少しも来てくれないわね。どうしたの。
    心変わりしたの。」
というような便りがきて慌てて言い訳する男。

「 飛び石が離れているような、そんな疎遠な気持ちをもつものか。
 明日にでも行くよ」と
明日香の「あす」と明日(あす)の音を重ねた民謡風の1首。

明日香の稲渕に美しい棚田があります。
その下に明日香川が流れており、上流に向かって歩いてゆく途中
当時の面影を偲ばせる飛び石が残っています。

大きな石で平たく渡りやすい。
でも、少し水かさが増えると足を踏み外しそう。

ごつごつした石を加工したのかもしれませんが、大変な作業だったことでしょう。
岸の草陰にこの歌の歌碑がありました。
昭和57年(1982)8月、大雨による大出水でこの石や近辺の石が
下流に押し流され、復元するのにかなりの機械力が必要とされたらしく、
当時の苦労が偲ばれます。

「 年月(としつき)も  いまだ経(へ)なくに 明日香川
      瀬々ゆ渡しし 石橋もなし 」  
                              巻7-1126 作者未詳

( 年月はまだそれほど経っていないのに
 明日香川のあちらこちらに渡しておいた飛び石は
 もうなくなっている )

しばらく故郷飛鳥を離れていた作者。
久しぶりに帰郷してみると、不変のものと思っていた石橋が消えていた。
かってあの子のもとに頻繁に通い、渡っていた頃の懐かしい思い出。
それも今は遠い昔。

「 秋されば 霧立ちわたる 天の川
     石並(いしなみ)置かば 継ぎて見むかも 」
                 巻20-4310 作者未詳

( 秋になると霧が一面に立ちこめる天の川、
 ここにこっそり飛び石を置いたなら、毎夜々々続けて逢えるだろうか )

秋到来と共に七夕を待たずに逢いたいと心はやる男。
「霧立ちわたる」に「人知れずに川を渡れる、しめた!」の意がこもります。

天の川を仰ぎながら牽牛が織姫のもとに通う様子と、自身の恋の通い路を
重ねたものですが、天の川に石橋を置くとはロマンティックな想像。
その石は星のようにキラキラ光っていたのでしょうか。

  以下は犬養孝氏の解説です。

『 飛鳥が、各地からの訪問者でどんなに充満しているときでも
  飛鳥川の上流、稲渕から栢(かや)ノ森ににかけての一帯は、
  古代の谷間をここに見るような、ひそけさだ。

 きたなくなったという飛鳥川もここでは澄みとおって、
 せんかんと流れ、小魚もぴちぴちと川底に影をうつしている。

 古代には小川の飛び石を渡ってゆくところを「石橋」といった。
 現在、飛鳥川の上流には石橋が五カ所あるが、一つは先年の増水で
 こわされたようだ。

 稲渕の集落のすぐ下にある石橋がいちばん、見事である。
 もちろん、それらが昔のままであるわけはないが、ほぼそんなあたりに
 飛び石がおかれていたにであろう。
 稲渕の石橋を渡ってゆく農家の人にきくと、少し前までは高取から
 壷坂山へゆくだいじな道だったという。
 小魚は、岩のあいだを、ここでもスイスイと泳いでいる。』

                          ( 万葉の里 和泉書院より)

    「 明日香川 小鮎さ走る 石の間を 」    筆者


注: 現在「明日香」は地名、自治体名に
   「飛鳥」は時代、地域名に用いられている。

   古くは万葉集で「飛ぶ鳥の明日香」と詠われたがその由縁は
   鳥が多く飛ぶということは食物が豊富なしるしであり、
   豊穣な地,明日香の褒め言葉として枕詞となり、
   後々、地名に使われるようになった。


          万葉集711(明日香の石橋)  完


          次回の更新は11月23日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-11-17 11:17 | 万葉の旅

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