万葉集その七百十二 (大和路の紅葉)

( 大仏殿秋色  後方右 二月堂  奈良県庁屋上から )
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( 長谷寺 本堂に向かう僧侶たち    奈良)
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(  談山神社    同上 )
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(  浄瑠璃寺  いずれも2018年11月13日~15日撮影 )
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   万葉集その七百十二 (大和路の紅葉)

大和路の紅葉の名所といえば奈良公園一帯、正歴寺、長谷寺、室生寺、
談山神社、浄瑠璃寺といったところでしょうか。

奈良公園の南大門付近から大仏池、正倉院あたりの楓や銀杏。
春日大社の裏通りの杉や檜の大木に囲まれた色とりどりの紅葉。
奈良県庁の屋上から眺める赤や黄色に染められた春日山、高円山、若草山。

郊外に足を伸ばせば、鬱蒼とした木々に囲まれた正歴寺。
赤、黄、緑、色彩豊かな木立の中の美しい堂塔、室生、長谷寺、
そして藤原鎌足ゆかりの談山神社。
奈良と京都の県境にひっそりと佇み九体の御仏で知られる浄瑠璃寺(京都府)。

そんな古都に惹かれて毎年足を運びます。

万葉集での紅葉は約140首、ほとんど黄葉と表記されています。
まずは春日山から。

 「 今朝の朝明(あさけ) 雁が音聞きつ 春日山
    もみちにけらし 我(あ)が心痛し 」 
                         巻8-1513 穂積皇子

( 今朝の明け方に雁の声を聞いた。
     この分では春日山はもみじしてきたにちがいない。
     それにつけても私の心は痛む )

作者は天武天皇第7皇子、劇的な恋愛の後異母妹但馬皇女を
娶ったが先立たれました。
魂を運んでくるという雁の声を聞き、亡き妻を偲びつつ
共に春日山のもみじを見たかったと想いを馳せている皇子です。

 「 奈良山をにほわす黄葉 手折りきて
      今夜(こよひ)かざしつ 散らば散るとも 」
                  巻8-1588  三手代 人名(みてしろの ひとな)

( 奈良山を色鮮やかに染めているもみじ、そのもみじを折り取ってきて
 今宵はかざしにすることができました。
 もう満足満足、あとは散るなら散ってもかまわないよ。 )

右大臣橘諸兄の子、奈良麻呂邸での宴の席での歌。
親しき仲間と10名でそれぞれ黄葉を詠ったもの。
折り取ってきたもみじの1枝を頭にかざして詠い舞ったのでしょう。
楽しげな様子が目に浮かぶような1首です。

「 もの思ふと 隠(こも)らひ居(を)りて 今日(けふ)見れば
              春日の山は 色づきにけり 」
                  巻10-2199  作者未詳

( 物思いにふさぎこんでずっと家にひきこもっていたが、今日久しぶりに
 見ると 春日山はすっかり色づいているよ )

平城京から東の方を眺めると春日山、御蓋山、高円山、若草山が
一望できます。
万葉人は立ちのぼる朝日の光を受けながら赤く染まりつつある山々に
神々の摂理を感じて遥拝し、新鮮な気持ちで一日のスタートを
切ったことでしょう。

JR奈良駅から約30分桜井駅で近鉄に乗り換え約10分で長谷寺駅。
その昔「隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)」とよばれ、平城京、平安京からの
参拝客で賑わった地です。

「はつせ(またはハセ)」は初瀬、泊瀬、長谷とも書きますが、
いずれも正しいとされ、
初(ハツ)は「初め」、泊(セ)は「終わり」、「長谷」は「狭くて長い谷」。
そして「こもりく(隠国)」は「山々に囲まれた国」の意です。

すなわち「こもりくのはつせ」は「山々に囲まれた長い谷」にある霊験あらたかなる
観音様を拝して、心機一転の「新しい人生を初め」、生涯の果ては
「人生の泊(とま)りどころ」つまり墓所が営まれた聖なる地なのです。

「 こもりくの 泊瀬(はつせ)の山は 色づきぬ
    しぐれの雨は 降りにけらしも 」 
                     巻8-1593 大伴坂上郎女


( こもりくの初瀬の山は見事に色づいてきました。
  時雨が早くもあの山々に降ったのでしょうね。)

作者は耳成山東北の地、大伴家の私領、竹田庄に行っていたようです。
古代、早秋の時雨は紅葉の色づきを早め、晩秋のそれは落葉を促すものと
考えられていました。
泊瀬の紅葉は昼夜寒暖の差が大きく色鮮やか、とりわけ長谷寺の
堂宇の間から臨む色とりどりの美しさはこの世のものとは思えません。

以下は堀辰雄著「大和路」からです。(旧仮名遣いのまま)

 『 この頃、私は万葉集をしばしば手にとって見てゐるが、
   源氏物語などの頃とは異なり、宗教思想が未熟だったせゐか、
   生と死との境界さへはっきり分からぬ古代人らしく

 「 秋山に 黄葉あはれと うらぶれて
       入りにし妹は 待てど来まさぬ」
  とか、又、

 「 秋山の 黄葉を茂み 迷ひぬる
       妹を求めむ 山道(やまじ)しらずも 」

などといふ考え方でもって死者に対してゐる。

これは歌といふものの性質上、わざと さふいふ原始的な素朴な死の
観念を借りて、山に葬られた自分の妻を、あたかも彼女自身が
秋山の黄葉のあまりの美しさに憑(つ)かれたやうにして、
自ら分け入ってしまったきり道に迷って もう再び帰ってこないやうに
自分も信じてをるがごとくに嘆いて、以つて死者に対する一篇の
レクイエムとしたのかも知れない。

― ― 肉体が死んでも魂は分離して亡びないことを信じてゐた古人は、
深い山の中をさすらってゐる死者の魂を鎮めるために、
その山そのものの美しさを讃え、また死後彼等の居処や木々を
払わず其処(そこ)に漂っている魂の落ちつくまで荒れるがままにさせ、
ときをりその荒廃した有様を手にとるやうに さながら、その死者の
魂に向かっていふようにいふ、
― そんな事を私は万葉の挽歌作者をよみながら考える。 』

                              ( 黒髪山 本郷書林より )
筆者注:

  「 秋山に 黄葉あはれと うらぶれて
            入りにし妹は待てど来まさぬ」
                      巻7-1409 作者未詳

( 秋山のもみじに心惹かれて、なんだかしょぼしょぼと
 その山に入って行ってしまったあの子は、いくら待っても
 帰ってきてくれない )

 「 秋山の 黄葉を茂み 迷ひぬる
        妹を求めむ 山道(やまじ)知らずも 」
                 巻2-208 柿本人麻呂

( 秋山いっぱいに色づいた草木が茂っているので中に迷い込んだ
 いとおしい子、あの子を探し求めようにもその道さえ分からない)

人麻呂が妻を亡くした時の挽歌

今年の大和路の紅葉は酷暑と度重なる台風の影響で、木々が痛み
色も少し寂しげ。
それでも、ところどころを美しく彩り、私たちを暖かく迎え旅愁を慰めてくれました。

 「 古寺や 紅葉も老て 幾昔 」 桃隣(とうりん) 
                      (江戸時代前期 芭蕉の縁者 )


      万葉集712 (大和路の紅葉)完

     次回の更新は11月30日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2018-11-22 11:02 | 植物

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