万葉集その七百十五 (島崎藤村の万葉詩)

( 雷丘:いかづちのおか 左のこんもりした森  右は畝傍山  奈良飛鳥)
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( 天の香久山:右 耳成山:左 甘樫の丘より  同上 )
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( 志賀の海と詠われた琵琶湖 )
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( 豊旗雲と詠われた茜雲 )
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万葉集その七百十五 (島崎藤村の万葉詩) 

島崎藤村に「懐古」と題される万葉集をモチーフにした詩があります。
今回はその詩が「どの万葉歌をイメージされたものなのか」の謎解きです。
まずは藤村の詩の中で万葉に関係ある部分をすべてピックアップしてみます。

「懐古」     島崎藤村

「 天の河原に やほよろづ
  ちよろづ神の かんつどひ
  つどひ いませし あめつちの
  始めのときを 誰か知る
 
( この導入部は古事記、日本書紀の世界、
  以下から万葉の世界に入ります)

 大和の国の 高市の
 雷山(いかづちやま)に 御幸(みゆき)して
 天雲のへに いほりせる
 御輦(くるま)のひびき 今いずこ

 目をめぐらせば さざ波や
 志賀の都は 荒れにしと
 むかしを思ふ 歌人の
 澄(す)める 怨(うらみ)を なにかせん
  
 春は霞(かす)める 高臺(たかどの)に
 のぼりてみれば けふり立つ
 民のかまどの ながめさへ
 消えてあとなき 雲に入る

むかしは遠き 船いくさ
 人の血潮の 流るとも
 今はむなしき わだつみの
 まんまんとして きはみなし

それでは各パートと該当する万葉歌のコラボです。

( 島崎藤村)

「 大和の国の 高市の
  雷山(いかづちやま)に 御幸(みゆき)して
  天雲のへに いほりせる
  御輦(くるま)のひびき 今いずこ 」

この詩に該当する万葉歌

「 大君は 神にしませば 天雲の
               雷の上に 廬(いほ)らせるかも 」 
                          巻3-235 柿本人麻呂

( 天皇は神様でいらっしゃるから、天雲を支配する雷の上に仮宮を
 お作りになっておられることよ )

天皇は持統の他、天武または文武説もあります。
廬(いおり)は身を清めたり休息するための仮屋。
雷の丘に立たれる天皇を誇張し
「 雷神をも支配する偉大な大君は絶対的な存在である」と讃えています。

雷丘は飛鳥甘樫の丘から北に向かって約1㎞の場所にある標高わずか10mの高台。
住宅と田畑に囲まれた一見何の変哲もない丘は人麻呂のお蔭で一躍不滅のものに
なりました。
もし、この歌が残されていなかったら宅地や田畑に転用されて消滅する運命を
辿ったことでしょう。

そもそも天皇が神であると詠われるのは壬申の乱以降です。
兄、天智天皇の子 大友皇子を倒して天武天皇に即位した大海人皇子は
見方によっては反逆、その正統性を疑問視されてもおかしくありません。

そこで、天武天皇は「古事記」「日本書紀」の編纂を開始して天孫降臨と
天照大神のお告げ、
「 神の血統である我が子孫が日本の国の王となるべきものである」といういわゆる
「天壌無窮の神勅」を創作し皇位継承の正当性の裏付けとしたのです。

「天壌無窮(てんじょうむきゅう)」とは「永遠に変わらぬ」の意。

(島崎藤村)

「 目をめぐらせば さざ波や
  志賀の都は 荒れにしと
  むかしを思ふ 歌人の
  澄(す)める 怨(うらみ)を なにかせん 」  

(万葉歌)

「 楽浪(ささなみ)の 志賀(しが)の唐崎 幸(さき)くあれど
        大宮人の 舟待ちかねつ 」
                  巻1-30 柿本人麻呂
( 楽浪の志賀の唐崎よ
     おまえは昔のままに たゆとうているが、ここで遊んだ大宮人の舟
     その舟はいくら待っても もう再び現れないよ )

         楽浪(ささなみ) 琵琶湖西南岸地方一帯の古名
         志賀の唐崎   大津市下阪本町唐崎

 「 楽浪(ささなみ)の 国つ御神(みかみ) うらさびて
      荒れたる都  みれば悲しも 」 
                   巻1-32  高市古人(たけちの ふるひと)

(楽浪の地を支配したまう国つ神の 御魂(みたま)も衰えすさんで
荒れて廃れている都 この都をみると悲しみがこみあげてくる )

壬申の乱によって廃墟となった近江の都。
この地を訪れた人麻呂や高市古人の同胞も多く亡くなったことでしょう。

そして万葉屈指の名歌が生まれました。

「 近江(あふみ)の海 夕波千鳥 汝(な)が鳴けば
    心もしのに いにしへ 思ほゆ 」   
                       巻3-266 柿本人麻呂

( 近江の海の夕波千鳥よ、お前たちが哀しそうに鳴くのを聞いていると
 心もうつろに萎えて、ひたすら昔のことが思われてならないよ )

心も萎えてしまうほどに昔が思われるのは天智天皇の近江朝。
あの華やかなりし都は壬申の乱で滅亡し今や荒れ果てた廃墟となっています。

万葉人は「鳥」は「英霊を運ぶ使い」と考えていました。
「ちどり」の「ち」は 「いかずち(雷)」「おろち(蛇)」「みずち(鮫龍)」
「ちはやぶる」の「ち」と同じく「霊力」を意味する語であるといわれています。

人麻呂はその千鳥に滅亡した近江朝の人たちの霊魂を見、その鎮魂も含めて
「夕波千鳥よ」と呼びかけたのです。

(島崎藤村)
「 春は霞(かす)める 高臺(たかどの)に
  のぼりてみれば けふり立つ
  民のかまどの ながめさへ
  消えてあとなき 雲に入る  」   
 
(万葉歌)

「 大和には 群山(むらやま)あれど 
  とりよろふ 天(あめ)の香具山
  登り立ち 国見をすれば 
  国原は けぶり立ち立つ 
  海原(うなはら)は かまめ立ち立つ
  うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづ しま) 大和の国は 」 
                             巻1-2 舒明天皇

(意訳)
( 大和には多くの山々があるけれども、その中でも
  木々も豊かに生い茂り、美しく装っている香具山。
  また、神話の時代に天から舞い降りたと伝えられる天の香具山。

  その頂に登り立って国見をすると、
  国土には盛んに炊煙の煙が立っている。
  民の竈(かまど)は豊かなようだ。

  海原(広い池)には、かもめ(ゆりかもめ)が盛んに飛んでいる。
  海の幸も豊かなのであろう。

  この上もなく美しい国よ。
  豊穣をもたらすという蜻蛉が盛んに飛び交う わが日本の国よ  ) 

「国見」とは春の初めに天皇が聖なる山に登り、国土を俯瞰(ふかん)しながら、
そのにぎわいを褒めることにより豊かな秋の実りを予祝する農耕儀礼で、
元々は民間の気楽な行事であったものが次第に儀礼化され、
国の儀式になったものとされています。

以下は伊藤博氏の解説です。

「国原はけぶり立ち立つ 海原はかまめ立ちたつ」の対句は
その土と水とがとも生気に満ちて躍っていることを述べた表現で、
このように、国土の原核であり農耕に必須の媒材である「土」と「水」とが
充実しているということは、国土の繁栄、一年(ひととせ)の
五穀豊穣が確約されたことを意味する。
だから一首はただちに「うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は」と
高らかな賛美のもとに結ばれる。

この歌の冒頭の大和は天皇が立つ大和(奈良)であるが、
後の大和は映像を大きく広げて
国全体を意味するヤマト(日本)に変貌している。」(万葉集釋注)

さらに「国原」「海原」の対句は、自然の情景をそのままに詠っており、
叙景歌の萌芽が既に芽生えていることをも示しています。
かくして、この歌は国土の美しさを褒め称えたものであると同時に、
我国文学の幕開けの歌でもあったのです。

(島崎藤村)

「むかしは遠き 船いくさ
 人の血潮の 流るとも
 今はむなしき わだつみの
 まんまんとして きはみなし 」 島崎藤村
  
(万葉歌)

「 海神(わたつみ)の 豊旗雲に 入日さし
      今夜(こよひ)の 月夜(つくよ) さやけくありこそ 」
 
             巻1-15 中大兄皇子(のちの天智天皇)

( 空を見上げると海神が棚引かせたまう豊旗雲、何と素晴らしい光景だろう。
  おぉ、夕陽が射しこんできて空はすっかり茜色に染まってきたぞ。
 今宵の月夜はきっと清々しいことであろうなぁ。 )

万葉屈指の美しい造語「豊旗雲」。
「豊」はその立派さ、壮麗さを讃えた言葉、「旗雲」は幡(ばん)のような
横に靡いている吹流しのような雲。

661年、斉明天皇が征新羅のために九州行幸された途中、播磨灘海岸辺りで
詠まれたもので、額田王が天皇になり替って作ったとも推定されている秀歌。

天には茜色の巨大な豊旗雲、海上には軍船、陸上には軍団の無数の旌旗が靡き、
実に雄大、荘厳な光景が想像されます。
作者は豊旗雲を神の旗と感じ、この船旅が海神に祝福されているとも受取った
ことでありましょう。
さらに美しい夕焼け雲をみて「今夜は月夜も素晴らしそうだ。我々の未来もこのような
バラ色であって欲しい」という祈りと期待をこめて詠ったものと思われます。


齊藤茂吉は「壮麗ともいうべき大きな自然と、それに参入した作者の
気迫と相融合して読者に迫ってくるのであるが、
是の如き壮大雄厳の歌詞というものは遂に後代には跡を絶った。
後代の歌人等は渾身をもって自然に参入して、その写生をするだけの
意力に乏しかった」と絶賛されています。
                           ( 万葉秀歌より : 岩波新書 )

そして藤村の詩の最終章

「 われ今 秋の野にいでて
  奥山高く のぼり行き
  都のかたを 眺むれば
  あぁあぁ熱き なみだかな 


と閉じます。
万葉屈指の名歌を網羅した見事な藤村の世界です。


万葉集715 (島崎藤村の万葉詩)  完


次回の更新は12月21日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2018-12-13 17:32 | 生活

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