万葉集その七百十八 (7日七草粥)

( 春の七草 向島百花園 上中央:ごぎょう 上左:すずな(蕪) 上右:すずしろ(大根)
 中央:なずな 下左: はこべら 下右:せり 下中央: 仏の座 ) 
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( セリの花 同上 )
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( スズナの花  奈良万葉植物園 )
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( ニラの花 山辺の道 奈良 )
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万葉集その七百十八 (7日:七草粥)

お屠蘇気分が抜けない正月7日。
ふと、暦を見ると七草。
そうだ、7日は七草粥の日だった。

 「 せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ 
          すずな  すずしろ  春の七草 」

春の七草は南北朝時代(1336~1392年)、四辻善成が初めて選定したとされ(河海抄)、
その後、歌道師範で名高い冷泉家に上記の歌として伝えられたといわれています。

古代の人達はこれらの野菜は栄養価が高く、病気への抵抗力を強くする
薬効成分が多いことを長い間の経験で会得しており、春菜摘みは
生活上なくてはならない庶民の行事として定着していました。

そして次第に上流階級の人々の間にも普及して儀礼化され、
平安時代になると朝廷の行事になり、醍醐天皇延喜年間(901~914)には、
正月最初の子の日(のち七日)、天皇に若菜を奉る公式儀式に制定されます。

然しながら、現在の七草粥の姿になるのは鎌倉時代からで、
平安時代の七種(ななくさ)は菜ではなく七種の穀類。
「 米 粟:あわ、 黍:きび、 稗:ひえ、小豆、胡麻、
 篁子:みの=水田に生える野草の実)」
で炊かれて正月15日(小正月)に食され、のちに小豆粥として継承されます。

奈良時代は七草の名はなくても、セリ、ヨモギ、ニラ、ノビル、ヨメナ、
ワラビ、カタクリ、スミレ(食用にされた)、スズナなどが万葉集に見え、
それらを総称した若菜、春菜も多く詠われています。

娯楽が少ない当時、ピクニックや花見は最大の楽しみ。
人々はこぞって早春の山や野原に出かけて若菜を摘み、その場で煮て食べたり
持ち帰って羹(あつもの:汁物)、菜飯、菜粥など長い冬の間の栄養不足を
補うべくいそしんだのです。


また、美しい乙女たちが集い楽しげに騒いでいる姿は男達にとっても
最大の目の保養、遠くから眺めながら詠います。

「 春山の 咲きのををりに 春菜摘む
         妹が白紐(しらひも) 見らくし よしも 」
          巻8-1421 尾張 連 (をはりのむらじ:伝未詳)

( 春山の花が咲き乱れているあたりで春菜摘んでいる乙女、
 その子が結んでいる清々しい白紐を見るのはなかなか
 気持ちがいいものよなぁ。)

山に花が咲き、野原は一面の緑。
そんな中、美しい乙女が無心に春菜を摘んでいる。
突然一陣の春風が吹き、乙女の白い腰紐が風に靡く。
はっと手を休めて立ち上がった子の輝くばかりの美しさ。
なんと気持ちの良い光景なのだろう。

色とりどりの花、野山の緑、着物の紐の白。
色彩の対比が美しく、春到来の喜びが感じられる歌です。

    咲きの ををりに: 枝がたわむばかりに咲いている

「 難波辺(なにわへ)に 人の行けば 遅れ居て
      春菜摘む子を 見るが悲しさ 」 
               巻8-1442 丹比屋主真人( たじひの やぬし まひと:官人)

( 夫が難波の方に出かけているので、一人後に残って
 春菜を摘んでいる子。
 その子を見ると、いとおしくてならない。)

娘たちが大勢で春菜摘みをしている。
その中で一人、ぽつんと離れて寂しそうな子がいた。
あぁ、あの子の夫は難波の方へ仕事で出かけているんだ。
さぞ、寂しいことだろうなぁ。
好意を寄せている人妻に惹かれている男です。

「 川上に 洗ふ若菜の 流れ来て
      妹があたりにの 瀬にこそ寄らめ 」
                      巻11-2838 作者未詳

( あの子が川上で採れた若菜を洗っている。
 これが流れていって、あの子が住む家のあたりまで
 寄ってくれたらいいのになぁ。)

 好きな女が川で摘みたての若菜を洗っている。
あぁ俺は若菜になりたい。
そして彼女の家の近くの川の瀬に流れ着きたい。

好意をいだく女性を遠くから眺めながら、叶わぬ恋を嘆く男。
気が弱くて口説けないのか。

「 摘みいそげ 木曽の沢井の 雪芹の
          いや清くして うまかるらしき 」   太田水穂

日本人は大の野菜好きですが日本原産の野菜は極めて少なく、
芹、水菜、蔓菜(つるな)、 蕗(ふき)、 韮 、茗荷、 独活(うど)、
三つ葉、 山芋位しかなく、それもほとんど葉菜です。
   ( 菜とは「草の茎 葉根の食べられるものの総称」)。

数ある葉菜の中でもとりわけ芹は我国栽培史上最も古く、
栄養価の高い野菜の一つで今日なお、ほとんど改良の手が
加えられていない昔のままの姿を持つ数少ない貴重な植物です。

  「韮茹でて あらたに春と 思ひけり 」   八十島祥子

韮の葉、茎はベーターカロチン、ビタミン類、カルシュウム、リン、鉄分など
多く含み、栄養価が極めて高い菜として通年栽培されていますが旬は早春。
お腹の調子が悪い時や二日酔いに最適の韮粥です。

 「 蕪肥えたり 蕪村生まれし 村の土 」 正岡子規

「カブ」の古名は蔓菁(青菜)、「スズナ」。

古事記に栽培の記録が見られるほど古くから大切な野菜とされてきました。
形も色も様々で現在80種類以上もあるそうです。

煮ても、蒸しても、漬物にしても美味。
中でも飛騨高山の赤蕪漬、京都の千枚漬、スグキ、
北陸の鰤ズシ(カブを輪切りにして寒ブリの薄切りをはさんだもの)
などが良く知られております。

 「 そのかみの 禁野(しめの)はいずこ 若菜摘む 」 高橋雨城
    
   そのかみ: 古(いにしえ)の
       禁野(しめの: 天皇の御料地

この句は次の歌をふまえたものです。

「 あかねさす紫野行(ゆ)き 標野(しめの)行き
             野守は見ずや 君が袖振る 」 
                            巻1-20 額田王


        万葉集718(7日七草粥)完


        次回の更新は1月11日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2019-01-04 00:00 | 植物

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