2019年 01月 24日
万葉集その七百二十一 (鴨の恋歌)
( マガモ雌 田沢湖 )
( ホシハジロ:中央赤首 キンクロハジロ:左下 皇居 )
( カルガモ 東寺 京都 )
万葉集その七百二十一 (鴨の季節)
鴨はカモ科のうち比較的小形の水鳥の総称とされています。
世界で約170種、我国でも30余種といわれ、我々が目にするのは
マガモ、コガモ、ヨシガモ、オナガガモ、ハシビロガモ、スズガモ、
ホシハジロ、キンクロハジロなど。
中でも一番多いのは、マガモ、別名青頸(あおくび)とよばれ、
単に鴨と言う場合はマガモさすことが多いようです。
マガモは雄雌異色で雄は金属光沢がある緑色をしており、襟に白い首輪、
胸は紫ががった栗色と際立つ容姿ですが、雌は全体が地味な黄褐色で
波型の黒い模様があります。
雄は「グェッ グェツ」メスは「グェーグェグェ」と鳴き、
情感には程遠い「だみ声」。
「 夜ふけたり 何にさわだつ 鴨の声 」 正岡子規
万葉集では29首。
番(つがい)で泳ぐ姿が愛されたのか、恋の歌も多く詠われています。
「 葦辺(あしへ)行く 鴨の羽音の 音のみに
聞きつつもとな 恋ひわたるかも 」
巻12-3090 作者未詳
( 葦のあたりを飛びわたる鴨の羽音のように
噂をいたずらに聞くばかり。
でも、私は空しいと分かっていても、
ただ、ただ、あの人をお慕い続けています。)
ひそかに恋する人が、私を好いてくれているという噂はよく聞くが
ちっとも会いに来てくれない。
やはり片想いなのかしらと嘆く女です。
「音」:噂
「聞きつつもとな」:「もとな」は「どうしょうもなく」
噂を聞くばかりでどうしょうも無く
「 鴨すらも おのがつまどち あさりして
後(おく)るる間(あいだ)も 恋ふといふものを」
12-3091 作者未詳
( 鴨でさえも お互いの連れ合い同士が餌をあさるうちに
片方が少しでも遅れると、それだけで恋しがるというのに。)
なかなか会いに来てくれないあの人。
鴨は少し離れても恋しがるというのに、冷たい人。
おのが つま どち: 「つま」:「配偶者(男女の別問わず)」
「どち」:同士
あさりして: 「餌を漁(あさ)る」
「 夫婦鴨 さみしくなれば 光り合ふ 」 松本 旭
「 鴨鳥の 遊ぶこの池に 木の葉落ちて
浮たる心 我(あ)が思はなくに 」
巻4-711 丹羽大女娘子 ( たにはの おほめ おとめ:伝未詳)
( 鴨が浮かんで遊んでいるこの池に、木の葉が散って浮いている。
でも、私の気持ちはこんな浮いた心ではありません。
真剣なのです。)
それなのにあの人はそう思ってくれていない。
作者はいかなる人か分かりませんが、丹波の国の女性か?
3首連続して詠われており、伊藤博氏は
「池のほとりの宴席での遊行女婦(うかれめ:教養ある遊女)であることをうかがわせる。」
とされています。
「 外に居て 恋ひつつあらずは 君が家の
池に棲むといふ 鴨にあらましを 」
巻4-726 大伴坂上郎女
( 離れていて恋い焦がれてなんかおらずに
いっそ君のお家に棲むという鴨でありたいものですわ )
聖武天皇に恋歌仕立てで贈ったもの。
作者は宮廷にも活発に出入りしており、大伴家の女主人として家を守り
甥の家持の後押しもしていたようです。
その甲斐あってか、聖武天皇も大伴家に対する信頼は大なるものがありました。
「 横縞の 紺に白添ふ 鴨の翅(はね) 」 山口青邨
鴨は秋に寒地より群れをなして飛来して湖沼、河川に生息し、春になると再び
帰ってゆきますが、カルガモと鴛鴦(おしどり)は留鳥です。
唐沢孝一著 「目からウロコの自然観察」によると
『 鴨類は配偶者を選択するのは雄であり、雄はよく目立つ色彩を進化させた。
雄が種ごとに独特の色彩をしていることにより、異種との交雑を避けることが出来る。
ところが10月末~11月ころ、渡来したばかりのカモ類の雄は雌のような
色彩をしている。
これをエクリプス羽という。
エクリプス(eclipse)とは日食や月食のことで、
食とは欠けていることを意味する。色彩が欠けて地味な羽毛のことである。
よく目立つ雄の生殖羽は求愛では有利だが天敵に見つかりやすい。
そこで、天敵の多い北国の繁殖地では換羽して地味なエクリプス羽に変わる。
そのまま日本に渡って来るので、渡来したばかりの雄は地味な色彩を
していることになる。』 (中央公論新社 一部要約)
そして鮮やかな色彩に変化した雄は早速婚活開始。
声高らかに鳴き、水をはじいて尾をそらすなどさまざまな
パフオーマンスを披露。
雌が好みの雄を選んでカップルが成立すると、二羽で睦まじく行動し交尾。
めでたく雛が生まれると、雄は早速、別の雌鳥に求愛する。
浮気者め!
いやいやそうではありません。
というのは、渡り鳥は死亡率が高いので、種の生存保持の上からも
必要な行為なのだとか。
オシドリ夫婦といえば仲良く一生を添い遂げる―「鴛鴦の契り」
というイメージがありますが、鳥の世界では毎年相手が入れ替わっている
仮面夫婦だったのか。
「 日輪が ゆれて浮寝の 鴨まぶし 」 水原秋桜子
万葉集721 (鴨の季節)完
次回の更新は2月1日(金)の予定です。
by uqrx74fd | 2019-01-24 16:10 | 動物