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万葉集その七百三十八 ( しゑや!)

( 赤塚不二夫著 漫画 万葉集 )
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( 同上 多摩川にさらす手作りさらさらに なにぞこの子の ここだ愛:「かな」しも
  好ましく思った女性が人妻だった、シエー )
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( 近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ の場面 )
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( シエー展のポスター )
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( 馬酔木の花  歌は本文で )
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    万葉集その七百三十八 (しゑや!)

万葉集で「しゑや」という言葉が6例見られます。
いずれも「えぇーい、もう」や「ええ、ままよ」などと訳される
「嘆息や感動の声」または「ある事態に対する断念、決断の意をあらわす」感嘆詞と
されていますが、昭和60年代、漫画家、赤塚不二夫さんの「おそ松くん」の決めポーズ
「シエー」で一躍有名になり、大人も子供もこぞって遊ぶ大流行語となりました。

さらに世間を驚かしたのは1970年、当時10歳であった徳仁親王(現天皇)が、
大阪万博で三菱未来館を訪問された時「シェー」のポーズをされたとの
ニユースでした。

赤塚さんは何故「シエー」という言葉を使うようになったのか?
不思議に思い調べてみましたら、なんとまぁ、昭和59年に
「まんが古典入門「万葉集」(学習研究社)」が発刊されているのです。

既に絶版となっているので、古本屋から取り寄せ読んでみたらなかなか面白い。
「シェー」のセリフも随処に出ており、なるほど、なるほどと納得した次第。

さて、万葉集の「シエー」はどのような使い方をされているのでしょうか。

「 春山の 馬酔木(あしび)の花の 悪しからぬ
        君にはしゑや 寄(よ)そるともなし 」 
                      巻10-1926 作者未詳

( 春山の馬酔木の花のあしではないが、
  あし(悪し)き人とも思えないあなたなら、えいままよ!
  出来ている仲だと噂されてもかまいません。
  さぁ、さぁ。寝ましょうよ。)

馬酔木の花の悪しからぬ:馬酔木(あしび)の「あし」と「悪し」を掛けている
寄そるともなし: 関係があるように噂するの意

相手は女癖が悪いという評判がたっている。
でも付き合ってみるとそんなに悪い男でもなさそうで、なんとなく惹かれる。
「エエーイ、ままよ」身を任せる女です。

「 奥山の 真木(まき)の板戸を 押し開き
      しゑや 出(い)でこね 後(のち)は何せむ 」
                     巻11-2519 作者未詳

( こんな真木の板戸なんか、どんと押し開いてなぁ、
 エェーィ もういい加減に出てこいよ。
 あとはどうなってもかまうものか。)

  奥山の :真木の枕詞 
  真木の板戸 :真木:檜、杉などの建築良材
           板戸:二人の間を遮る堅牢な戸の意で用いられている

二人の間に立ちはかだっているのは娘の母親。
悪い虫がつかないように一生懸命に守っているのです。
おぼこ娘はおろおろ、とうとう男は切れた。

「 秋萩に 恋尽くさじと 思へども
       しゑやあたらし また逢はめやも 」 
                    巻10-2120 作者未詳

( この秋萩に心のありったけを傾けようなことなど すまいと思うけれど
 いやはや こんな美しい花に二度と会えまい。
 見事過ぎて放っておけないよ。)
 
      しゑや、あたらし: ここでの「しえや」は「諦めようと思っても無理だ」の意
                  「あたらし」:愛惜の情が切である
「秋萩」に美女を重ねている。

「 ある男が女に惚れた。
  美しすぎて手が届かない。
 俺よりもっと相応しい相手がいるのではないかと一度は諦めかける。
 しかし忘れることが出来ず、エェーイままよ。
 失敗してもともと、チヤレンジしてみるかと勇気を奮いたたせる。」

こんな情景でしょうか。

「 霊(たま)ぢはふ 神も我をば 打棄(うつ)てこそ
     しゑや命の 惜しけくもなし 」 
                       巻11-2661 作者未詳

( 霊験あらたかなる神様よ。
 今となればもうこの私を見捨てて下さいませ。
 ええ、もうこんな命なんか惜しくはございません。)

     霊(たま)ぢはふ : 神の枕詞
                  ちはふ:霊力を実現させて加護するの意

ある女が恋をした。
ところが相手は既婚者。
不倫は神の禁じるところ。
でも、燃え盛る気持ちは抑えられない。
あぁ神様、もう私をお見捨て下さい、神罰があたってもかまいません。)

と泣く泣く訴える女。

「 我が背子が 来(こ)むと語りし 夜は過ぎぬ
     しゑやさらさら しこり来(こ)めやも 」 
                       巻12-2870 作者未詳

( あの人が「来るよ」と何度も約束した今夜。
  それなのに、待てども待てども現れず、時は空しく過ぎてしまった。
  えぇい、もうあの人が来るなんて思うものか。)

とはいうものの、一抹の期待感が残る女。

    「さらさら」:もはや
    「しこり来めやも」: 間違っても来ることなんてあるものか
                 しこる:まちがってもの意

「 あらかじめ 人言繁(しげ)し かくしあらば
    しゑや我が背子   奥もいかにあらめ 」 
                           巻4-659 大伴坂上郎女

( 今でさえ人の噂でいっぱいです。
      それなのに、あぁいやだ、
     これから先どんなことになるのでしょう、あなた。)

大伴駿河麻呂から
「お逢いしてからまだ、ひと月も経っていないのに、こんなにも恋しい」
といわれたことに対し
「あらまぁ、どうしましょう」と受けたもの。

駿河麻呂は郎女の次女二嬢(ふたいらつめ)を娶っている関係で互いに親しく、
この恋歌のやりとりは戯れだったようです。

    「 あらかじめ 」:まだ深い関係とも云えぬ今の段階から
    「 奥もいかにあらめ」: 奥も:これから先
                   いかにあらめ: どうなることやら

以上6首の歌はすべて恋の歌。
どれも面白味があるものばかりです。

それにしても赤塚不二夫さんは漫画「万葉集」を解説されるにあたって
4500余首にも上る歌をすべて読破されたのでしょうか。
その中から、たった6首を見付けだし、漫画の決めセリフにした、
そのセンスには驚くべきものがあります。

そして昭和60年代、「おそ松くん」は漫画は言うに及ばず、
映画、舞台でも演じられ一世を風靡したのです。

余談ながら、つい最近、会社のOB会で若い奥様方に出会い
「皆さん、シエーという言葉を知っていますか」と聞いたら
一斉にポーズして大笑い。
 
万葉集恐るべしであります。

    「 万葉の しゑやさらさら  今も生き 」  筆者



           万葉集738(しゑや!)完


   次回の更新は5月31日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2019-05-23 10:42 | 心象

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