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カテゴリ:心象( 75 )

万葉集その七百四十四 (妻恋鮎歌)

( こもりくの泊瀬  長谷寺本堂から  奈良 )
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( 鮎釣る人   木津川   奈良 )
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(  鮎の塩焼き  吉野川 )
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(  鮎の宿 平野屋  奥嵯峨  京都 )
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万葉集その七百四十四 (妻恋鮎歌)

 万葉集で鮎を詠ったものは16首ありますがその大半が大伴旅人と家持。
 旅人は鮎釣る美しい乙女を幻想風物語に、家持は自ら川を上りながら鵜を
 操る様子を詠っています。

 その中で唯一無名の人物が妻の死を悲しんで、
 「ああ、生前に鮎を食べさせてやりたかった」と嘆く特異な長歌があり
 その声調は柿本人麻呂の挽歌に比肩すると評価されているのです。

 同じフレーズを何度も繰り返し、さながら民謡風。
 多くの人々に歌い継がれてきたのでしょう。

まずは訳文から

「 山々に囲まれた  泊瀬(はつせ)の川の

  上の瀬に 鵜を八羽もぐらせ
  下の瀬に 鵜を八羽もぐらせ

  上の瀬の鮎を鵜に食わせ
  下の瀬の鮎を鵜に食わせておきながら

  美しい妻に 鮎を惜しんで食わせず
  美しかった妻に鮎を惜しんで食わせず

  その妻が投げた矢のごとく 遠ざかってしまった今
  自分の気持ちは とても安らかではいられず
  嘆く思いは とても安らかではいられない

  これが、もし衣だったら、なあに、破れたなら
  継ぎはぎして また 一緒になれるというのに

  玉だったならば 緒が絶えたとしても 
  くくりつけておいて また 一緒になれるというのに

  再び逢うことが出来ない わが妻よ 」   巻13-3330 作者未詳

次は原文です

「 こもりくの 泊瀬(はつせ)の川の 

  上つ瀬に 鵜を八つ潜(かづ)け
  下つ瀬に 鵜を八つ潜け

  上つ瀬の 鮎を食はしめ
  下つ瀬の 鮎を食はしめ

  くはし妹に 鮎を惜しみ
  くはし妹に 鮎を惜しみ

  投ぐるさの 遠ざかり居て

  思ふそら 安けなくに
  嘆くそら 安けなくに

  衣(きぬ)こぞば それ破(や)れぬれば
  継ぎつつも また合ふといえ

  玉こそば  緒の絶えぬれば
  くくりつつ また合うといへ

  また逢はぬものは 妻にしありけり 」 
                     巻13-3330 作者未詳

1行づつ訓み解いてまいりましょう。

 「 こもりくの 泊瀬(はつせ)の川の 

       こもりく:隠国 泊瀬の枕詞 四方を山々に囲まれたの意
       泊瀬川 : 奈良県桜井市の初瀬川 長谷寺の麓を流れる

    ( 四方山々に囲まれた 泊瀬を流れる川の )  
   
  上つ瀬に 鵜を八つ潜(かづ)け

       上つ瀬 :上流
       八つ: 多くの意
 
      ( 上の瀬に多くの鵜を潜らせ)

  下つ瀬に 鵜を八つ潜け

      ( 下の瀬にも鵜を多く潜らせ )

  上つ瀬の 鮎を食はしめ
        
       ( 上の瀬の鵜に鮎を食べさせ)

  下つ瀬の 鮎を食はしめ

        食わしめ: 下の「くはし妹」を導く同音語の役割もはたす

        (下の瀬の鵜にも鮎を食わせながら )

  くはし妹に 鮎を惜しみ

          くはし妹:麗(くは)し:繊細な美しさを表す形容詞 
                       わが美しい妻

         ( 美しい妻に 商売とはいえ 鮎を惜しんでしまった )

  くはし妹に 鮎を惜しみ

       (  鵜に食べさせたのに、
          我が最愛の妻に好きな鮎を食わせるのを惜しんでしまった )

  投ぐるさの 遠ざかり居て

        投ぐるさ: 「遠ざかり居て」の枕詞 

                「さ」は矢、銛

     ( 投げた矢のごとく遠くへ行ってしまった )

  思ふそら 安けなくに

       思うそら:放心して  そら:空;心の状態
      
     ( 気持ちがとても安らかでおられず)

  嘆くそら 安けなくに

      ( 嘆く心は苦しくてたまらない )

  衣(きぬ)こぞば それ破(や)れぬれば

      ( 衣ならは 破れても )

  継ぎつつも また合ふといえ

      ( 継ぎ接ぎすれば また元に戻るのに )

  玉こそば  緒の絶えぬれば

     (  玉の紐が切れたら )

  くくりつつ また合うといへ
   
    くくりつつ:原文表記は「八十一喚鶏(くくりつつ)
          八十一は99(くく) 掛け算も得意だった作者。
          喚鶏(つつ):鶏を呼びよせるのに「つつ」といった

          これは戯書といい戯れながら詠っており
           相当な教養の持主であることが窺える

    ( 結び直して また一緒に なれるというのに )

  また逢はぬものは 妻にしありけり 」 

     ( もう妻には逢うことが出来ないのだ )
                           巻13-3330 作者未詳



  妻を失った泊瀬地方の漁師が、生前十分に美味いものを食べさせて
  やらなかったことを痛恨して詠ったものです。

  それにしても何故鮎なのか。
  作者は鮎を生業にしていた漁夫。
  それゆえ鮎が何よりのご馳走だと信じていたのでしょう。

  そんな美味いものを満足に食べさせてやれなかった。
  なぜもっと早く気がつかなかったのだろう。
  思えば思うほど慟哭がこみあげてくる。
  まさに心からの心情の吐露の歌です。

伊藤博氏は

「 人麻呂の亡妻挽歌(2-207~16)とはまた違った意味で、それよりも
  凝視が強く、一個の男がそこに投げ出されている感じがする。
  本来、泊瀬あたりで川狩をして暮す人びとの間で、葬送歌が
  伝播されていくうちに次第に内容が深められていったのであろう。

  けだし、万葉亡妻挽歌の最高峰を占めて立つというべく、
  人麻呂と前後するかと思われる謡いものの中に、このような孤絶感を
  見出し得ることは、驚きというほかはない。

  万葉開巻冒頭の雄略天皇御製が名のない人々の間で育てられてきたことどもと
  考えあわせて、古代日本民族の根生いの言語力に圧倒される。(万葉集注釈) 」

さらに大岡信氏は

「 単なる漁民自身がこれだけの技巧を駆使してこの長歌を作れたか?
  相当な知識人が漁民の立場で創作し、歌い、あるいは演じるための一種の
  台本として作り、愛唱されたのではないか。
  繰り返しが多く、また、〈それ〉(破れぬれば)という合いの手のような
  物言いまで含まれている。」 
                    ( 私の万葉集:講談社文庫 )


格調高い創作劇が無名の作者によって作られていた。
つまり、日本人の教養の高さと底辺への広がりに注目されているのです。

万葉集には天皇、貴族、役人など上流階級の歌だけではなく、
地方の農民、漁民、乞食人(ほかひびと:大道芸人)、防人など
ありとあらゆる階層の人たちの歌が集められています。

彼等は何故文字を書き、歌が詠めたのか?

当時、朝廷は地方に役人を派遣しており、各地で寺子屋のような学問所を
作って字や歌を教えていました。
また、税を物納するときに、必ず歌を添付させ、各地方の実情を
把握しようとしていたそうです。

国民すべて読み書き出来る教育の下地は万葉時代既に形成されて
いたのです。

  「 鮎の宿 いにしへ人を しのぶ夜 」  筆者


             万葉集744(妻恋鮎歌) 完


  次回の更新は7月12日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2019-07-04 18:00 | 心象

万葉集その七百三十八 ( しゑや!)

( 赤塚不二夫著 漫画 万葉集 )
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( 同上 多摩川にさらす手作りさらさらに なにぞこの子の ここだ愛:「かな」しも
  好ましく思った女性が人妻だった、シエー )
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( 近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ の場面 )
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( シエー展のポスター )
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( 馬酔木の花  歌は本文で )
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    万葉集その七百三十八 (しゑや!)

万葉集で「しゑや」という言葉が6例見られます。
いずれも「えぇーい、もう」や「ええ、ままよ」などと訳される
「嘆息や感動の声」または「ある事態に対する断念、決断の意をあらわす」感嘆詞と
されていますが、昭和60年代、漫画家、赤塚不二夫さんの「おそ松くん」の決めポーズ
「シエー」で一躍有名になり、大人も子供もこぞって遊ぶ大流行語となりました。

さらに世間を驚かしたのは1970年、当時10歳であった徳仁親王(現天皇)が、
大阪万博で三菱未来館を訪問された時「シェー」のポーズをされたとの
ニユースでした。

赤塚さんは何故「シエー」という言葉を使うようになったのか?
不思議に思い調べてみましたら、なんとまぁ、昭和59年に
「まんが古典入門「万葉集」(学習研究社)」が発刊されているのです。

既に絶版となっているので、古本屋から取り寄せ読んでみたらなかなか面白い。
「シェー」のセリフも随処に出ており、なるほど、なるほどと納得した次第。

さて、万葉集の「シエー」はどのような使い方をされているのでしょうか。

「 春山の 馬酔木(あしび)の花の 悪しからぬ
        君にはしゑや 寄(よ)そるともなし 」 
                      巻10-1926 作者未詳

( 春山の馬酔木の花のあしではないが、
  あし(悪し)き人とも思えないあなたなら、えいままよ!
  出来ている仲だと噂されてもかまいません。
  さぁ、さぁ。寝ましょうよ。)

馬酔木の花の悪しからぬ:馬酔木(あしび)の「あし」と「悪し」を掛けている
寄そるともなし: 関係があるように噂するの意

相手は女癖が悪いという評判がたっている。
でも付き合ってみるとそんなに悪い男でもなさそうで、なんとなく惹かれる。
「エエーイ、ままよ」身を任せる女です。

「 奥山の 真木(まき)の板戸を 押し開き
      しゑや 出(い)でこね 後(のち)は何せむ 」
                     巻11-2519 作者未詳

( こんな真木の板戸なんか、どんと押し開いてなぁ、
 エェーィ もういい加減に出てこいよ。
 あとはどうなってもかまうものか。)

  奥山の :真木の枕詞 
  真木の板戸 :真木:檜、杉などの建築良材
           板戸:二人の間を遮る堅牢な戸の意で用いられている

二人の間に立ちはかだっているのは娘の母親。
悪い虫がつかないように一生懸命に守っているのです。
おぼこ娘はおろおろ、とうとう男は切れた。

「 秋萩に 恋尽くさじと 思へども
       しゑやあたらし また逢はめやも 」 
                    巻10-2120 作者未詳

( この秋萩に心のありったけを傾けようなことなど すまいと思うけれど
 いやはや こんな美しい花に二度と会えまい。
 見事過ぎて放っておけないよ。)
 
      しゑや、あたらし: ここでの「しえや」は「諦めようと思っても無理だ」の意
                  「あたらし」:愛惜の情が切である
「秋萩」に美女を重ねている。

「 ある男が女に惚れた。
  美しすぎて手が届かない。
 俺よりもっと相応しい相手がいるのではないかと一度は諦めかける。
 しかし忘れることが出来ず、エェーイままよ。
 失敗してもともと、チヤレンジしてみるかと勇気を奮いたたせる。」

こんな情景でしょうか。

「 霊(たま)ぢはふ 神も我をば 打棄(うつ)てこそ
     しゑや命の 惜しけくもなし 」 
                       巻11-2661 作者未詳

( 霊験あらたかなる神様よ。
 今となればもうこの私を見捨てて下さいませ。
 ええ、もうこんな命なんか惜しくはございません。)

     霊(たま)ぢはふ : 神の枕詞
                  ちはふ:霊力を実現させて加護するの意

ある女が恋をした。
ところが相手は既婚者。
不倫は神の禁じるところ。
でも、燃え盛る気持ちは抑えられない。
あぁ神様、もう私をお見捨て下さい、神罰があたってもかまいません。)

と泣く泣く訴える女。

「 我が背子が 来(こ)むと語りし 夜は過ぎぬ
     しゑやさらさら しこり来(こ)めやも 」 
                       巻12-2870 作者未詳

( あの人が「来るよ」と何度も約束した今夜。
  それなのに、待てども待てども現れず、時は空しく過ぎてしまった。
  えぇい、もうあの人が来るなんて思うものか。)

とはいうものの、一抹の期待感が残る女。

    「さらさら」:もはや
    「しこり来めやも」: 間違っても来ることなんてあるものか
                 しこる:まちがってもの意

「 あらかじめ 人言繁(しげ)し かくしあらば
    しゑや我が背子   奥もいかにあらめ 」 
                           巻4-659 大伴坂上郎女

( 今でさえ人の噂でいっぱいです。
      それなのに、あぁいやだ、
     これから先どんなことになるのでしょう、あなた。)

大伴駿河麻呂から
「お逢いしてからまだ、ひと月も経っていないのに、こんなにも恋しい」
といわれたことに対し
「あらまぁ、どうしましょう」と受けたもの。

駿河麻呂は郎女の次女二嬢(ふたいらつめ)を娶っている関係で互いに親しく、
この恋歌のやりとりは戯れだったようです。

    「 あらかじめ 」:まだ深い関係とも云えぬ今の段階から
    「 奥もいかにあらめ」: 奥も:これから先
                   いかにあらめ: どうなることやら

以上6首の歌はすべて恋の歌。
どれも面白味があるものばかりです。

それにしても赤塚不二夫さんは漫画「万葉集」を解説されるにあたって
4500余首にも上る歌をすべて読破されたのでしょうか。
その中から、たった6首を見付けだし、漫画の決めセリフにした、
そのセンスには驚くべきものがあります。

そして昭和60年代、「おそ松くん」は漫画は言うに及ばず、
映画、舞台でも演じられ一世を風靡したのです。

余談ながら、つい最近、会社のOB会で若い奥様方に出会い
「皆さん、シエーという言葉を知っていますか」と聞いたら
一斉にポーズして大笑い。
 
万葉集恐るべしであります。

    「 万葉の しゑやさらさら  今も生き 」  筆者



           万葉集738(しゑや!)完


   次回の更新は5月31日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2019-05-23 10:42 | 心象

万葉集その七百十四 (恋の面白歌3)

(恋の花 合歓:互いに合い歓ぶの字は意味深長)
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( 邪鬼 法隆寺五重塔)
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( 想 鹿島喜陌:きよみち 奈良万葉文化館蔵 )
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( 天平祭  平城京跡 奈良 )
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万葉集その七百十四 (恋のおもしろ歌3)

万葉集4500余首のうち約70%が恋の歌。
どの巻を紐解いても恋歌ばかりです。
植物、動物、自然の情景、旅の歌を詠っているように見えても
落ち着くところは、恋人に対する切ない想いを寄せた歌がほとんど。

初恋、火のように燃え上がる恋、心に秘めた恋、人妻への憧れ、
老いらくの恋、片想い、亡き人への愛惜、旅先での慕情等々。
その中で、ユーモアの中にもペーソスが感じられる歌を。

「 家にある 櫃(ひつ)に鏁(かぎ)さし 収めてし
     恋の奴が つかみかかりて 」 
                      巻16-3816 穂積親王

( 家にある櫃(ひつ)に錠前を下して、
      ちゃんとしまいこんでおいたはずなのに
      恋の奴め! 
      またしっこく掴みかかってきよって 。)

作者は天武天皇第五皇子。
宴席で機嫌が良くなると良く詠った十八番(おはこ)だそうです。

櫃(ひつ)は蓋つき木箱の物入れでそれ自体装飾された美術品。
鏁(かぎ)は錠前、金編に巣と書きます。

この皇子、よほど女にもてたのか、美貌の天平最高の才女、大伴坂上郎女(家持の叔母)と
結婚し、さらに異母兄高市皇子の妻、但馬皇女を寝取るなど、
華々しい恋の遍歴の持主です。
「恋の奴」という造語も素晴らしい。

但馬皇女との不倫は一大スキヤンダルとなり、持統女帝が穂積を山寺に
蟄居させる騒ぎとなりましたが、皇女の一途な恋はやまず、終生続いたようです。

この歌もおどけながら、亡き皇女にたいする想いを詠ったのかもしれません。

「 寺々の 女餓鬼(めがき)申さく 大神(おほみわ)の
        男餓鬼(をがき)賜(たば)りて その子生まはむ 」
                              巻16-3840 池田朝臣

( 寺々の女餓鬼どもが口々に申しておるぞ。
 大神の男餓鬼をお下げ渡し戴き、そいつの子をたくさん産みたいとな。)

池田某が大神という名の瘦せ男をからかった。
餓鬼は悪業の報いとして餓鬼道に落ちた亡者。
やせ細って喉が細く、飲食することができないので常に飢え渇きに
苦しむ人のことです。

寺々の瘦せ女が、「 瘦せ男のお前の子をいっぱい産みたい」と
神様に頼んでいるぞ。というのですが、大神と云う名は三輪山の神を祀る一族。
神職の男に仏教の男餓鬼をあてた二重の痛烈なからかいです。

「 相思はぬ 人を思ふは 大寺の
     餓鬼の後方(しりへ)に 額(ぬか)つくごとし 」 
                         巻4-608 笠郎女

( 私を想ってもくれない人を想うのは 大寺の餓鬼像を後ろから
 額ずいて拝むようなもの。
 あぁ、もうやめた! あほらしい。)

作者は大伴家持を熱烈に愛し、24首も歌を送りましたが、
かなり年上だった上、家持の好みに合わなかったのか全く相手にされない。

「 あなたを想うのは餓鬼像の尻を拝んでいるようなもの」
と開き直った作者。

奈良の大寺に飾られている餓鬼道に落ちた亡者の像は
仏像の足もとに踏みつけられている哀れな姿をしています。
そんな像を拝んでもご利益がない。
ましてや後ろ姿なんて。
自分自身の姿を餓鬼像に重ねたのかも知れません。

傷心のはて故郷に帰ったが、それでも諦めきれずまた歌を送る。
その恋のお蔭で、笠郎女は劇的な恋の秀歌を詠った万葉女性歌人として
歴史に名を残すことになりました。
自分の恋文を受けとった家持が、万葉集に載せて公開するなどとは
夢だにも思わなかったことでしょう。

「 眉根(まよね)掻き 鼻ひ紐解け 待つらむか
           いつかも見むと 思へる我れを 」
                          巻11-2408 作者未詳

( 眉を掻き くしゃみをし、下着の紐を解いているだろうか。
 何時この俺様にいつ逢えるだろかと首を長くして待っているあの子。 )
  
当時、眉根の根元が痒くなったり、「ハクション」とくしゃみをしたり、
着物の紐が自然に解けると男が訪れると信じられていました。

「 可愛いおぼこの娘は自ら着物の紐を解き、胸をはだけながら、
愛しい俺様を瞼にえがいている。」

と、ちよっと憎たらしいほどの自信満々の男。
今はやりのイケメンだったのでしょうか。
新鮮なエロティシズムを感じさせる1首です。

  「 よしなあの ひくいは少し 出来かかり 」 江戸川柳

『 男が露骨に迫ると、女が「よしなあ(止してよ) 」と拒む。
  だが、それは大声ではなく「ひくい」声で。
  彼女もだいぶオツな気分が出来かかっているのだ。
  艶笑小説などの“いやよ、いやよも好きのうち”である。 』

      ( 下山 弘著 川柳のエロティシズム 新潮選書) より


           万葉集714(恋のおもしろ歌3) 完

           次回の更新は7月14日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2018-12-06 15:32 | 心象

万葉集その七百十三 (無常)

( ゆく川の流れは絶えずして しかも元の水にはあらず  宇治川 )
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( 巻向の山辺響(とよ)みてゆく水の 水沫(みなわ)のごとし 世の人我れは  :山辺の道)
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( 露の命ははかなくて )
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( 世の中は 漕ぎ去(い)にし 船の跡なきごとし )
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万葉集その七百十三 (無常) 
 
 無常とは読んで字の如く「万物は常ならず」で「非情」「無情」とは
全く別の深い意味を持つ言葉です。 

我国に仏教が伝来したのは552年、欽明天皇の時代、百済王が
釈迦仏、経綸などを献上したことに始まるとされています。
その新教をめぐって崇仏派の蘇我氏、反対派の物部氏が激しく抗争を
繰り返し、蘇我氏が勝利。
物部氏が滅びると急速に仏教が広まり、天武天皇の時代、国教としての
性格をもち、持統天皇の692年には全国の寺院数が545か所に急増しました。

聖武天皇の時代、諸国に国分寺、国分尼寺の建立を命じ、752年、大仏開眼。
以来、仏法を以て国家を鎮定し保護する、いわゆる鎮護国家の道を歩みます。

万葉集も仏教思想の影響を受け、中でも、当代の学識者大伴旅人、
山上憶良、大伴家持などが共感して無常観を詠っています。

「 世の中は 空しきものと 知る時し
    いよいよますます 悲しかりけり 」  
                        巻5-793 大伴旅人

大宰府に赴任してから半年後、都から大伴宿奈麻呂(すくなまろ)他界の知らせを
受け取って悲しんだもの。(異母妹 大伴坂上郎女の夫)
その1か月前に妻を亡くしただけに人生無常を深く感じたようです。

「 常盤なす かくしもがもと 思へども
       世の事理(こと)なれば 留(とど)みかねつも 」 
                                巻5-805 山上憶良

( 常盤のように不変でありたいと思うけれども
 老いや死は人の世の定めであるから 留(とど)めようにも止められない。)

長歌で美しかった乙女はあっという間に老いさらばえ、若々しく凛々しい
青年もやがてよぼよぼになって人に嫌われる。

この世で何とも仕様がないものは、歳月が遠慮なく流れ、
くっついて追いかける老醜があの手この手でわが身に襲いかかる。
どうにも施す術がないと詠ったあとの1首です。

「 うつせみの 世は常なしと 知るものを
     秋風寒み 偲(しの)ひつるかも 」 
                            巻3-465 大伴家持

( この世ははかないものだとわかっているものの、
秋風が寒々と身にしみるので、亡き人が恋しくてたまらない )

739年 3年前、3才位の幼女を残して亡くなった妾を偲んで詠ったもの。
妾とは妻の一人で正妻に次ぐものとして当時の社会では公に認められていたが
いかなる人物か不明。

家持が妾のもとに通い始めたのは16歳頃のようです。
( 幼子は成長して藤原家に嫁す。)

「 巻向の 山辺響(とよ)みて  行(ゆ)く水の
       水沫(みなわ)のごとし 世の人我れは 」 
                         巻7-1269 柿本人麻呂歌集

( 巻向の山辺を鳴り響かせて流れゆく川、うつせみの世にある我らは
 その川面の水沫のようなものだ )

水沫によせて人の無常を詠った人麻呂の名歌。
巻向山の麓、清流が流れるところにこの歌碑が置かれています。

「 こもりくの 泊瀬(はつせ)の山に 照る月は
       満ち欠けしけり 人の常なき 」    
                      巻7-1270  古歌集

( あの初瀬の山に照っている月は、満ちたり欠けたりしている。
     人もまた不変ではありえないのだなぁ )

初瀬に住む人が毎日月を眺めながら感慨を述べたもの。


仏教思想の「諸行無常」の本来の意味は、

「 万物は絶えず変化しており一瞬たりとも、同じ状態でない。
  それは縁と偶然によって支配され、盛者は滅亡することもあるし、
  栄え続けることもある。
  善行を続けてきた人は必ずしも幸せになるとは限らない。

  この世の世界においては、すべての出来事がなんの保証もなく
  我々の気持ちや思惑を無視して動いてゆく。
   それゆえ、この世に対する不信を仏教によって信に変え、
   無常の中に妙を見出す。」

といったところでしょうか。

「 世間(よのなか)を 何に譬(たと)へむ 朝開き
         漕ぎ去(い)にし船の 跡なきごとし 」
                    巻3-351 沙弥満誓( さみまんぜい)

( 世の中 これをいかなるものに譬えたらよいだろうか。
 いってみれば 朝早く港を漕ぎだして消え去った船の
 その跡がなにもないようなものではないか )

航跡がすぐ消えうせる儚さを人生に譬えた1首です。

ご参考:

教科書で習った懐かしい名文です。

「 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり、
  沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
  奢れるもの久しからず ただ春の夜の夢の如し 」  (平家物語)

「 ゆく川の流れは絶えずして しかも もとの水にあらず
  よどみに浮かぶ うたかたは かつ消えかつ結びて
  久しくとどまりたる ためしなし
  世の中にある 人とすみかと またかくのごとし 」  (方丈記)


「 あだし野に 露消ゆる時なく 鳥辺山の煙立ち去らでのみ
  住み果つる習ひならば いかに もののあはれも なからん
  世は定めなきこそ いみじけれ
  命あるものを見るに 人ばかり久しきはなし 」    (徒然草)

  

          万葉集713 (無常) 完



        次回の更新は12月7日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2018-11-29 22:14 | 心象

万葉集その六百八十六 (ちはやぶる)

( ちはやぶるは神に関係ある言葉  大神神社  奈良
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( 大神神社の巫女 )
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( 紅葉の名所 龍田川   奈良 ) 
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(  映画 ちはやふる  広瀬すず主演のポスター )
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万葉集その六百八十六 (ちはやぶる)

「ちはやぶる」は「いちはやぶる」の略とされ、いにしへの昔の言葉です。

その原義は「「いちはや」は「逸早や」で最速、最強。
「ぶる」は「荒ぶる」「大人ぶる」と同じく「さま(様)」の意。
したがって「ちはやぶる」は
「畏怖すべき霊力、活力に満ち、凶暴で荒々しいさま」のことで、
主に神や神社のある地名にかかる枕詞として使われ
「ちはやふる」と清音でいわれることもあります。

古代、神は山、川、海、坂、道などを領有する自然界の支配者であり、
また、熊、龍、虎、狼、蛇などにも神霊が宿り、怒らせると猛威を振るう
恐ろしい存在と考えられていました。
人々はその怒りを鎮めるために住む地区ごと、道の岐路、坂の上などに
神社や祠(ほこら)を設け、供え物をして祈ったのです。

やがて時代を経ると神には恐ろしい「荒魂:あらたま」ばかりではなく
敬虔に祈ると願い事をかなえてくれる「和魂:にぎたま」をも持つ
存在として崇めることになり現在に至っています。

万葉集での「ちはやぶる」は16例。
うち12例が神や神に関する枕詞として用いられています。

次の4首は道ならぬ恋をしてしまった男女の嘆きの歌です。

「 夜(よ)並べて 君を来ませと ちはやぶる
     神の社を 祷(の)まぬ日はなし 」  
                      巻11-2660 作者未詳(女)

( 毎晩続けて、あなたどうかいらして下さいと霊験あらたかな神の社に
 祈らぬ日など1日もありません。)

     祷の)む: 祈祷する


「 霊(たま)ぢはふ 神も我れをば 打棄(うつ)てこそ
      しえや命の 惜しけくもなし 」 
                     巻11-2661 作者未詳(女)

     ( 霊験あらたかなる神様、 今はもうこの私を見捨ててくださいまし。
       ええい!もうこんな命など惜しくありません 。)

       霊(たま)ぢはふ :神の枕詞 ちはやぶるよりも神の内面に目を向けた表現
       しえや: ええい、もう 
                赤塚不二夫の漫画「おそまつ君」の決め言葉「シエー」の原語

「 我妹子(わぎもこ)に またも逢はむと ちはやぶる
        神の社に 祷(の)まぬ日はなし 」 
                           巻11-2662 作者未詳(男)

   (いとしいあの子にもう一度逢わせて下さいと、霊験あらたかな
    神の社に祈らぬ日など1日もない。)

「  ちはやぶる 神の斎垣(いかき)も 越えぬべし
     今は我が名の 惜しけくもなし 」 
                           巻11-2663 作者未詳

      ( 霊験あらたかなる神の社の玉垣さえも越えてしまいそうだ。
        今となってはもう私の名前なんかちっとも惜しくない。)

       斎垣(いかき)は神域の周囲の垣根でこれを越えることは禁忌。
       当時、名を捨てることは命を絶つほど重要なこととされていました。

どうやら男は人妻に恋し、女も男に惚れてしまったようです。
結末がどうなったのか、続く歌がないので分かりませんが、
二人とも神の祟りをも恐れぬ決意をしている様子から結ばれたか?

「ちはやぶる」といえば今も昔も業平,百人一首で大人気の歌。

「 ちはやぶる 神代もきかず竜田川
           からくれなゐに  水くくるとは 」        
                           在原業平 古今和歌集、百人一首

( 神代にもまったく聞いたことがない不思議さであるよ。
      この竜田川にもみじが散り敷いて、水を真っ赤にくくり染めにするとは。)

詞書に「屏風の絵を題にしてよめる」とあるので実景を前にして
詠ったものではありませんが、創造主が川全体を美しい模様に
しているというスケールが大きい歌です。

      竜田川: 奈良県生駒郡を流れる川で古くから紅葉の名所
            川のほとりに竜田神社があり風の神が祀られている
            その神が紅葉を吹き散らされたのであろうかの意がこもる

         からくれない: 韓(から)の国から渡来した紅の意で鮮紅色
         水くくる: くくり染めの意。
                    布地のところどころを糸で括(くく)って染め残し作る
                     「しぼり染め」とよばれる染色法。
                      ここでは紅葉が川一面におおって流れるのではなく
                     一群一団に流れている様子をくくり染めのようだと詠っている。

最後に、この歌をもじった古典落語「千早振る」の一席をどうぞ。

岩田という物知り隠居がおり先生とよばれていた。
ある日、茶を飲んでいると、なじみの八五郎がたずねてくる。
なんでも、娘に小倉百人一首の
「 ちはやふる 神代もきかず竜田川 からくれないに 水くくるとは 」
の意味を聞かれて答えられなかったので隠居に教えを請いにきたという。

隠居もこの意味を知らなかったが、知らぬと言うのも沽券に係わると思い
即興で次のような解釈を披露する。

「 江戸時代人気大関の「竜田川」が吉原へ遊びに行った。
  その際「千早」という花魁にひとめぼれした。

  ところが千早は力士が嫌いであったため竜田川は振られてしまう。(千早振る)
  振られた竜田川は、それではと妹分の「神代」に云い寄るが、こちらも
  「姐さんが嫌なものは、わきちも嫌いでありんす」という事を聞かない。
   ( 神代も聞かず竜田川)

   そのことから成績不振になった竜田川は力士を廃業し、実家に戻って
   家業の豆腐屋を継いだ。

   それから数年後、竜田川の店に一人の女乞食が訪れ、
   「おからを分けてくれ」と物乞いをした。
   「よしよしわかった」と竜田川がその女をよく見ると、
   なんと零落した千早大夫のなれの果てではないか。

   激怒した竜田川は、おからを放りだし千早を思い切り突き飛ばした。
   千早は井戸のそばに倒れ込み、こうなったのも自分が悪いと
   井戸に飛び込み入水自殺を遂げた。」

   「おからくれない」(からくれない) に「入水」( 水くぐる )

それを聞いた八五郎は

   「 大関とあろうものが、失恋したくらいで廃業しますか 」
   「 いくらなんでも天下の花魁が乞食までおちぶれますか 」

など隠居の解説に首をひねったが、隠居はなんとかごまかして
八五郎を納得させた。

やれやれと思ったところ八五郎は
「 ちはやふる 神代もきかず竜田川 からくれなゐに  水くくる 」 
までは分かりましたが最後の「とは」って何ですか?と突っ込んだ。

隠居はとっさの機転で
『 千早は源氏名で、彼女の本名は「とわ」だった 』  

初代、桂文治作といわれている「千早振る」(別題 百人一首)の一席でした。

「 ちはやぶる 神代もきかぬ ご趣向を
            よく詠みえたり   在五中将 」 蜀山人

                  在五中将:在原業平(阿保親王の第五子)

辛口で知られる太田蜀山人も手放しで褒めた業平の「ちはやぶる」。

今や漫画や青春映画「ちはやふる」(学生のかるた俱楽部の物語)など大人気。
この言葉が1300年前に生れていることを知ったら若者たちは
さぞ驚くことでしょう。

 「 ちはやぶる 春日の野辺に こきまぜて
          花ともみゆる 都人かな 」 
                  凡河内躬恒(おおしこうちの みつね)



       万葉集686 (ちはやぶる)完

     次回の更新は6月1日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2018-05-24 15:56 | 心象

万葉集その六百七十一 (菅笠恋歌)

( カサスゲと花穂  奈良万葉植物園 )
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( 冬のカサスゲ   自然教育園  東京 目黒 )
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( 乾燥したカサスゲ   国立歴史民俗博物館  佐倉市 )
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(  菅笠  同上 )
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( 新潟日報の記事  )
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  万葉集その六百七十一 (菅笠恋歌)

菅(すげ)はカヤツリグサ科スゲ属の総称とされ、平地の湿地や沢などに生える
大型の多年草です。
その種類は多く約60種以上もありますが、単に「スゲ」と言う場合は
「カサスゲ」をさすことが多いようです。
カサスゲの草丈は約1m、茎は多数かたまって群落を作り、
初夏に茎の頂に長さ5~8㎝の雄花穂、その下側に2~3個の円柱形をした
雌花穂をつけますが、目立たないのでよく観察しないと分かりません。

古代の人たちは自生、あるいは水田で栽培したものを刈り取り、
乾燥させて菅笠や蓑を作っていました。
蓑笠は雨や寒さ,日ざしを避(よ)ける生活必需品で旅のお供にも欠かせない存在。
万葉集に49首、「菅の根」「菅笠」「菅枕」「白菅」などと詠われ、
大半が恋の歌です。

「 三島菅 いまだ苗にあり 時待たば
       着ずやなりなむ 三島菅笠 」 
                   巻11-2836 作者未詳

( 三島の菅はまだ苗のままだ。
     だからといって笠を編む時まで待っていたら、身に付けずになりはしまいか。
     その三島の菅笠を。)

この歌は将来結婚をするつもりの幼い少女があまりにも可愛いので
放っておくと他の男に横取りされやしないかと心配している場面です。

なぜそのようなことが分かるかと言うと、「譬喩歌」という個所に
分類されているからで、

「菅のいまだ苗」に「まだ幼い恋人」、
「着る」は「結婚する」
「三島菅笠」は「成人した女」に譬えています。

「三島」は現在の三島ではなく、もと摂津国三島郡 淀川下流一帯。

菅笠は生産地それぞれの特色があったらしく、「有馬菅」「難波菅笠」
「白菅」「岩本菅」などとよばれています。

「 大君の 御笠(みかさ)に 縫へる有馬菅(ありますげ)
      ありつつ見れど 事なき我妹(わぎも) 」  
                              巻11-2757 作者未詳

( 「大君の御笠に」と縫っている有馬の菅。
  その名ではないが、ありつつ - ずっと見続けているあの子は
  わが伴侶として申し分ないなぁ。)

有馬菅は摂津(兵庫県東南部と大阪府北部)の名産。
この歌では素晴らしい女性に譬えられています。

「大君」は天皇、いささか大げさな表現ですが、
帝に献上するほど立派な品と同様、自分が選んだ女性は素晴らしいと
言いたかった、とびっきりのお惚気。

「 み吉野の 水隈(みくま)が菅を 編まなくに
    刈りのみ刈りて  乱りてむとや 」  
                     巻11-2837  作者未詳

( み吉野の川隅に生える菅、この菅を編み上げもしないのに
 刈り取るだけ刈って、散らしっぱなしにしておくつもりですか。
 あなたは。)

「菅」:女性自身。

「編まなくに」:「妻にしようとしない」

「刈りのみ 刈りて」: 「 関係を持ちっぱなしで責任を取ろうともしない」

「乱りてむ とや」 : 「とや」相手の意中を反語的に推測する語法
              ここでは「放りっぱなしにするつもり?」の意

体の関係を持ちながら、結婚をしようともしない男の不誠実をなじる女。
それにしても面白い譬え方をするものです。

「 高山の 巌に生(お)ふる 菅の根の
          ねもころごろに  降り置く白雪 」 
                      巻20-4454    橘諸兄

「ねもころごろに」: 根がびっしり凝り固まる状態
             ここでは雪がくまなく降り積もっている様子。
             本義は「ねもころに」で「ねんごろに」の意。

( 高い山の巌に根をおろしている菅。
 その菅の根ではないが、ねんごろに隅々まで置いている白雪の
 なんという鮮やかなことよ。)


756年1月4日、左大臣橘諸兄が子息、奈良麻呂宅で親しい人たちと
宴をした折の1首で、高い山、長い菅の根、降り積もった白雪など
めでたいものを詠みこみ、我が子を祝福したもの。

当時、孝謙女帝の時代。
寵を得た藤原仲麻呂の専横の振る舞いが多く、諸兄は苦々しく思っていたのでしょう。
つい朝廷批判の言葉を漏らしたと密告され失脚の原因となった酒席。
心許した部下ばかりのはずが- -。
口は災いのもと油断大敵です。

「 ゆく道に 隧道(すいどう)の口  見えにしが
            山菅背負ひて 人いできたれり 」   古泉千樫

             隧道: 山腹や地中をうがって通した道 トンネル。

菅は7月頃刈り取られ天日干しにして保存され、雪の季節になると
編まれて蓑笠、莚(むしろ)、草履などに変身します。
古くは農作業閑静期の夜なべ仕事だったのでしょう。

菅笠は今でも野良仕事や四国八十八ケ所巡礼お遍路の旅などの必需品。
海外からの客人にも大人気で、お土産に持ち帰る人も多いそうな。

  「 菅笠を 上げて眺むる  讃岐富士 」     筆者

              讃岐富士: 丸亀、坂出市境にある飯野山

             万葉集671 (菅笠恋歌)   完


            次回の更新は2月16日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2018-02-08 15:57 | 心象

万葉集その六百四十七 (空蝉:うつせみ)

( ただ今羽化中   孫の観察記録より )
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( ようやく終わり疲れました 羽が美しい  同上 )
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( しばらく経つと アブラゼミ本来の姿に  同上 )
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( ヒグラシ )
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万葉集その六百四十七 (空蝉:うつせみ)

「うつせみ」とは、もともと「現(うつ)し臣」(古事記) が「現(うつ)そ身」となり、
さらに「現せ身」に転じたもので、万葉時代には生きている人間、あるいは人の世、
現世の意に用いられています。

万葉集に46例、「空蝉」「虚蝉」などと表記されていますが、
平安時代にみられる魂の抜けた状態、儚いという意味合いでの使用例は
少ないようです。

「 うつせみの 人目を繁(しげ)み 石橋の
       間近き君に 恋ひわたるかも 」 
                              巻4-597 作者未詳

( 世間の人目が多いので、それを憚って、飛び石の間ほどの近くにおられる
 あなたさまに、逢う事も出来ず、ただただお慕いし続けている私 。)

ここでの「うつせみ」は「人」の枕詞。
現世という原義が響いており、世間の意。
石橋は石の飛び石。間隔が短いので、間近に掛かる枕詞として用いられています。

「 燈火(ともしび)の 影にかがよふ うつせみの
    妹が笑(ゑ)まひし 面影に見ゆ 」 
                       巻11-2642 作者未詳

( 燈火の火影に揺れ輝いている、生き生きしたあの子の笑顔。
 その顔がちらちらと目の前に浮かんでくるよ。)

燈火の中にいる女性の浮き立つような印象を与える秀歌。
これから女の許へ行こうとしているのか、思わずにこりと笑う男の顔が
目に浮かぶような1首。

かがよふ: ちらちらと揺れて輝く

「 うつせみは 数なき身なり 山川の
   さやけきを見つつ 道を尋ねな 」 
                          巻20-4468 大伴家持

( 生きてこの世にある人間というものは、いくばくのない儚い命を持つ身なのだ。
 山川の澄みきった地に入り込んで悟りの道を辿って行きたいものだ。)

756年5月、聖武天皇崩御、後ろ盾を失った作者は一族に心を引き締めるよう
諭す歌をつくり、その後体調を崩したのか「病に臥して無常を悲しみ道を修めたい」
と思って作った歌とあります。

ここで仏教的無常観が登場し、平安時代になると盛んに詠われます。

「 うつせみの 世にも似たるか 花咲くと
      見し間にかつ 散りにけり 」 
                            古今和歌集  これたか の みこ

( このはかない世に似ているなぁ。桜の花は。
 咲くと見た瞬間、その一方でもう散っているよ )

僧正遍照に贈った歌とあり、「うつせみの世は儚いと」いう表現が
定着してゆきます。

次の歌は光源氏が人妻である空蝉の寝室に忍び込もうとしたら、
それを察した彼女は薄い衣を残して去っていた。
その薄衣を持ち帰った源氏が懐紙に綴ったものです。

「 空蝉の 身をかへてける 木のもとに
     なほ人がらの  なつかしきかな 」            光源氏

( 抜け殻を残した人よ 身の内の人柄をこそ抱きたかったのに )

ここでの空蝉は、蝉の抜け殻のことで、彼女の残した薄衣をそれに例えました。

「 あなたは蝉が姿を変えるように、抜け殻を残して私の前から去ってしまった。
  その木の下で、私はなお、あなたの人柄を懐かしく思っていることだよ。
  私はあなたの容貌や、身分や人妻という立場やそんなほかの条件に
  惹かれたのではないのです。
  - とことん謙虚で、ひかえめで、奥ゆかしいそんな人柄に魅力を感じたのですよ。」

                              ( 俵 万智 愛する源氏物語 文芸春秋社)

「 うつせみの 鳴く音(ね)やよそに もりの露
     ほしあへぬ袖を 人の問ふまで 」   
                               寂連法師 新古今和歌集

( 森で蝉が鳴くように、ままならぬ恋に泣く私の声が よそに洩れたのであろうか。
 涙の露を干しきれない袖を どうしたのかと人が問うまでに )

うつせみ:蝉
もり:森と漏るを掛ける

うつせみ=蝉とした珍しい例です。
寂しげな声を出すヒグラシでしょうか。

「 いつしかも 日がしずみゆき うつせみの
              われも おのづから きはまるらしも 」 
                             斎藤茂吉最後の歌(昭和27年) つきかげ

万葉集に造詣が深い作者。
「うつせみ」は先祖帰りして「現世」に。


   「 空蝉の すがれる庵の はしらかな 」 川端茅舎


              万葉集647(空蝉:うつせみ) 完


              次回の更新は9月1日の予定です。

by uqrx74fd | 2017-08-24 16:10 | 心象

万葉集その六百三十八 (めづらし)

( 弓月ヶ岳にわく雲   奈良 山の辺の道 )
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( 万葉人は雲をながめながら恋人を想った )
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( 名のるという言葉はホトトギスから生まれた )
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( 名のるという言葉を最初に使ったのは大伴家持 )
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( 万葉で卯の花と詠われているシロバナヤエウツギ )
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( ヒメウツギ )
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( 梅花ウツギ )
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( 間もなく七夕 めづらしわが恋人よ  奈良万葉植物園 )
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万葉集その六百三十八 (めづらし)

「めづらし」とは優れた対象に心惹かれる意で、特にその目新しさに魅せられる
気持を含み持つ言葉です。

万葉集の原文表記に「希見」(めづらし)とあり、もっと見たいという気持ちや、
愛すべく賞賛すべき、あるいは、見ることが少ない、特別である等
様々なニユーアンスを込めて使われており、26例見えますが、
1300年も前の言葉が現在でもほぼ同じ意味で日常使われているとは、
驚きを禁じ得ません。

なお、語源は「愛(めず)らし」とか。(語源辞典 吉田金彦 東京堂出版)

「 青山の 嶺(みね)の白雲 朝に日(け)に
    常に見れども めづらし我(あ)が君 」 
                           巻3-377 湯原王

( 青い山の嶺にかかる白雲、その雲のように朝夕いつもお会いしていますが
 ちっとも見飽きることがありません。
 我が君よ。)

作者は志貴皇子の子(天智天皇孫)
客人、石上乙麻呂を迎えた宴席での歓迎歌。
ここでの「めづらし」は「心惹かれる」の意です。

通い婚の時代、男も女も互いに雲を眺めながら恋人の面影を追い、
旅にあっては故郷の方向に向かって流れゆく雲に伝言を託すような
思いで詠っていました。

「 暁(あかとき)に 名告(なの)り鳴くなる ほととぎす
    いやめづらしく 思ほゆるかも 」 
                         巻18-4084 大伴家持

( 暁の闇に中で、我が名を名のって鳴く時鳥。
 その初音を聞くと 貴女様がいよいよ懐かしく思われてなりません。)


越中に赴任した作者が、都の叔母、大伴坂上郎女に送った歌の1つ。
時鳥を名のる鳥と詠ったのは家持が最初とされています。

以下は伊藤博氏の解説です。( 万葉集釋注9)

「 一声天をめぐる。 
  時鳥の声は広く万葉人の心を刻んだ。
  鋭い声で夜となく昼となく鳴きながら、姿をみせることはほとんどない。
  声への関心は高まらざるをえない。

  そのそも、ホトトギスと称するその名が、鳴き声に由来する。
  しかも、百鳥の鳴き騒ぐ春ではなく、夏到来と共にひとりやってきて
  一声天をめぐるのである。
  「名のり鳴く」は時鳥によって時鳥のために生れた語である。」

「 卯の花の ともにし鳴けば ほととぎす
    いやめづらしも  名告(なの)り鳴くなへ 」 
                           巻18-4091 大伴家持

(  「卯の花は自分の連れ合いですよ」といわんばかりに鳴く時鳥。
   その鳴く声にはますます心惹かれる。
   自分はホトトギスだと名のりながら鳴いているにつけても。)

時鳥の鳴き声を「ホトトギス」と聞きなして、自身の名を名のっていると
詠っています。

卯の花は初夏に白い花を咲かせ、現在名は空木(うつぎ)です。

「ともにし鳴けば」:「伴にし鳴けば」で「連れ合いとして鳴くものだから」

「 紅の 八しほの衣 朝な朝な
     なれはすれども  いやめづらしも 」 
                        巻11-2623 作者未詳

(  紅の何度も染め重ねた八汐の衣。
   その衣を毎日着ていると馴れ親しんでくるが、
   お前さんも毎日抱いているとますます可愛いわい。)

        八しほ: 「八」 回数が多いの意。
              「しほ」 衣を染料に浸す回数をしめす言葉

「 衣は着る回数を重ねる度に体になじんでくるが、
  可愛いあの子も抱けば抱くほど素晴らしい。
  あぁ、いやいや、愛(う)いやつだ 」

と臆面もなくのろけている男です。

万葉時代に盛んに詠われた「めづらし」は現在の日常会話では
よく使われていますが、歌の世界ではほとんど見えなくなり、
わずかに茂吉が詠っているのみです。

「 味噌汁に 笹竹の子を 入れたるを
   あな珍(めづ)ら あな難有(ありがた)と 云ひつつ居たり 」

                       斎藤茂吉 ともしび


         万葉集638 (めづらし) 完


次回の更新は 6月30日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2017-06-22 17:40 | 心象

万葉集その六百二 (秋の恋歌 3)

( 沢瀉(オモダカ)の葉 奈良万葉植物園 )
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( 同 逆さにしたら人の顔?  同 )
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( 沢瀉の花 初夏  同 )
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( 写楽の切手  人の顔が沢瀉に似ている? )
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( 稲刈りのあと  明日香  奈良 )
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( 朝露   室生寺 奈良 )
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(  葛の花  奈良万葉植物園 )
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(  紅葉   奈良公園 )
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(  鹿は紅葉がお好き  同 )
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秋の恋歌の第三弾は沢瀉(おもだか)、稲刈り、露、葛、黄葉に寄せた恋歌です。
まずは貌花(かほ花)と詠われた沢瀉から。

「 石橋の 間々(まま)に生ひたる かほ花の
    花にしありけり ありつつ見れば 」
                          巻10-2288 作者未詳

( 川を渡るために置いた飛び石の合間に生えているかお花。
 その花は美しいけど実を付けない仇花だったのだな。
 やっぱり一時の浮気心だったのか。 
 こちらは真剣に付き合ってきたのに。)

「長い間、誠意を尽くして付き合ってきたのに、あの女は一向に
応えてくれない。がっかりしたなぁ。」
と実のない女に失望している男。

カホバナは容花、貌花とも書かれます。

「言海」によると「かほ」とは「形秀:かたほ」が略されたもので、
もともとは目鼻立ちの整った表面(おもてずら)を意味するそうです。

古代の人たちは「かほばな」の可憐な花の美しさに引かれてその名を
与えたのでしょうが、今日のどの花に当たるかについては昼顔、
カキツバタ、オモダカ、ムクゲ、キキョウなど諸説あり定まっていません。

この歌での「かほ花」は、川の飛び石の間に咲く花、つまり水中や湿地に生えて
いると詠われているのでオモダカ(沢瀉)かカキツバタと思われますが、
秋の相聞に分類されているのでオモダカと解釈致します。

枕草子54段 「草は」で

「 沢瀉も 名の をかしきなり。
    心あがりしけむと 思ふに。 」

( 沢瀉は面高に通じて面白い名前です。
 大柄(おおへい)に しているだろうと思いますと。)

と、あるように葉の付き具合が顔を上げて高ぶっているように
見えなくもありません。
鼻など顔の中央部が高いのを「面高」といい、転じて「高慢な」の意も。
顎が長く、鼻が大きい写楽の絵に何となく似ているような気がします。

沢瀉はオモダカ科の多年草で、夏に白い小花を咲かせ、
別名、花慈姑(ハナグワイ)。 
因みに歌舞伎の市川猿之助,段四郎の屋号は「澤瀉屋」です。

 「 澤瀉や 弓矢立てたる 水の花 」  山口素堂

葉の形を矢羽に見立てたのでしょうか。

次は稲刈に寄せる恋歌です。

「 橘を守部(もりべ)の里の 門田早稲(かどたわせ)
     刈る時過ぎぬ 来(こ)ずとすらしも 」
                     巻10-2251 作者未詳

( 守部の里の門田の早稲を刈り取る時期が過ぎてしまった。
  なのに、あの人は来てくれないつもりらしい。)

刈り入れが終わったら来ると云ったのに。
農繁期が過ぎても男が来ないと嘆く女。

男は田の世話をするため、田の前に仮小屋を作って寝泊りをしていました。
もうとっくに刈り入れが終わっているはずなのにあの人はどこへ行ったのだろう。

「橘」はここでは枕詞 大切な橘を守るの意で守部に掛かる。
              守部の所在は不詳。(奈良天理市の説あり)
「門田」:家(仮小屋)の前の田


「 露霜に 衣手濡れて 今だにも
     妹がり行(ゆ)かな 夜は更けぬとも 」
                    巻10-2257  作者未詳

( 冷たい露に衣を濡らしながらでも、今すぐあの子のところへ行こう。
 たとえ夜が更けてしまおうとも。 )

露霜は秋の露の意。
男は「今夜訪ねていくぞ」と約束していたのに、何らかの事情で遅くなった。
妻問は夜に訪れ、明け方に帰るのが習い。
今から行くと夜明けになるが「ルールなんか構うものかと」心はやる男です。

「 我がやどの 葛葉 日に異(け)に 色づきぬ
    来まさぬ君は 何心ぞも 」 
                  巻10-2295 作者未詳

( 我家の庭の葛の葉は日増しに色づいてきました。
 それなのに一向にお出でにならないあなたさま、
 一体どういうお気持ちなのでしょう。)

待てど暮らせど音沙汰がない男。
もう私に飽きたのかしら、他に女が出来たのかしらと気を揉む女。
人づてしか通信手段がない昔はただ、ただ待つだけ。

男も女もこの人一筋とばかりではなかったようです。

「 黄葉(もみちば)の 過ぎかてぬ子を 人妻と
     見つつやあらむ 恋しきものを 」 
                       巻10-2297 作者未詳

( 黄葉した葉が散り過ぎるように、あの子は去っていった。
 あぁ!これからは人妻として眺めていなければならないのか。
 こんなに恋しくて、恋しくてたまらないのに。 )

ずっと好きだったあの子。
いつかきっと一緒になってくれるだろうと夢見ていた。
なのにあの子は突然他の男と結婚してしまった。
どうしても諦めきれない、未練の男。

最後に梁塵秘抄 (物はづくし)から

「 心の澄むものは
  秋は山田の 庵(いほ)ごとに
  鹿驚かすてふ 引板(ひた)の声
  衣 しで打つ槌(つち)の音 」 
               
( カランカラン。
  秋の夜、田んぼの前の仮小屋に仕掛けてある鹿よけの鳴子の音。
  トントン、トントン。
  女性が他郷にある夫を想いつつ布を打つ砧(きぬた)の音。

  夜のしじまを破って、遠くから聞こえてくる。
  しみじみとした感興を起こさせる響きよなぁ。 )

心澄むものは: しみじみとした感興を起こさせるものは

山田の庵ごとに : 山の田にある番小屋ごとに

鹿驚かすてふ 引板の声 : 鹿を追い払うための引板(鳴子)の音

衣しで打つ   :  対座して砧(きぬた)で衣をしきりに打つ
             「しで」は「仕手」か。
              「砧」で打つのは布地をやわらげ艶を出すため。


      万葉集602(秋の恋歌3) 完


      次回の更新は10月21日(金)の予定です。

by uqrx74fd | 2016-10-13 16:50 | 心象

万葉集その六百一 (秋の恋歌2.)

( 名月 )
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( 鶏頭:けいとう  万葉集では韓藍:からあい と詠われている )
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( 秋風に靡くススキ  飛鳥 奈良 )
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( 露草   奈良万葉植物園 )
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( 藤袴と彼岸花  同上 )
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( ススキに寄生するナンバンギセル 同上 )
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(  飛鳥稲渕の棚田 )
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( 日本チーム400mリレー 銀メダル獲得の偉業
  アレッ!ケンブリッジ選手がボルトになっているなぁ。 )
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 九月を長月(ながつき)とよぶのは、
「 陰暦9月が秋分を過ぎて1か月経ち、ようやく日が暮れやすく、
 夜が長くなるのを実感する頃による。

 必ずしも日照時間の長短のピークを指すものではなく、
 季節変化を身に実感することからくる繊細な季節感 」だそうです。
                            ( 橋本文三郎 同上語源辞典 )

陰暦9月は今の陽暦に直すと10月から11月初旬。
月が美しく澄み、紅葉が山々を彩る恋の季節です。

「 九月(ながつき)の 有明の月夜(つくよ) ありつつも
    君が来(き)まさば  我(あ)れ恋ひめやも 」 
                            巻10-2300 作者未詳

( 九月の有明の月ではないけれど、ありつつも-これからもずっと
  度々おいでくだされば、私はどうして恋焦がれることなど
  ありましょうか )

久しぶりに男が訪ねてきてくれた。
心ゆくまで一夜を過ごし今は満たされた気分。
長い間、男の顔を見ることが出来なかった苦しみが嘘のよう。
あぁ、この幸せがいつまでも続いて欲しい。
時よ止まれ!

夢のような一時は瞬く間に終わり、月も傾いてきた。
帰り支度する男に声をかける
「もっと頻繁にお出でくだされば,
恋焦がれることもありませんのに」
と、恨めしげにまたの訪れをねだる女。
「我れ恋ひめやも」は万葉恋歌の殺し文句です。

「 今よりは 秋風寒く 吹きなむを
     いかにかひとり 長き夜を寝む 」 
                           巻3-462 大伴家持

( 今から秋風がさぞ吹くであろうに、たった一人でこの秋の夜長を
  寝ようというのであろうか。)

前注に「亡妾を悲しんで詠った」とありますが、いかなる女性かは不明。
当時、正妻以外に妾をもつことは許されていたようですが、家持16歳頃とは驚き。
「秋の夜長の一人寝の寂しさ」も恋歌の常套句。
百戦錬磨のマダム、大伴坂上郎女(叔母)の指導によるものでしょうか。

「 恋ふる日の 日(け)長くしあれば 我が園の
    韓藍(からあい)の花の 色に出(い)でにけり 」
                        10-2278 作者未詳

( 毎日毎日あなたのことを想っています。
      もう心の内を隠し切れない。
      まるで我が家に咲く韓藍の花のように目立ってしまう。
      どうしょう、私。)

韓藍(からあい)は現在の鶏頭(けいとう)で赤い染料に用いたので
唐から来た藍の意。

恋は秘密にというのが当時の習い。
他人に知られたら恋は破綻すると考えられていました。

待っても待っても男の訪れがない。
我慢が出来なくなり、とうとう顔や態度に出てしまったと嘆く女。
鶏頭の赤い花の如く燃えるような恋心です。

「 我妹子(わぎもこ)の 衣にあらなむ 秋風の
    寒きこのころ  下に着ましを 」 
                       巻10-2260 作者未詳

( いとしいあの子よ、おれの衣になってくれないかなぁ。
  秋風が寒々としてきた今日このごろ。
  いつも肌身につけていたいものよ。)

秋風が身に染みる頃、一人寝のわびしさをひしひしと感じている男。
「 お前と一緒に寝ていたらどんなに暖かろう。
しかし、こうも離れていてはなぁ。」

男は旅をしているのでしょうか。

「  秋の田の 穂の上に置ける 白露の
    消(け)ぬべくも我(わ)は 思ほゆるかも 」 
                      巻10-2246 作者未詳

( 秋の田の稲穂の上に置いている白露がはかなく消えうせるように
  私も消えてしまいたいくらいに、あの人のことが想われてなりません。)

光を浴びてキラキラ美しく光る白露は一瞬の生命。
消える→はかないの連想の恋歌は数えきれないほど詠われています。

恋の切なさゆえ、もう死んでしまいたい。
美しくも清純な乙女の恋です。

「 秋山の したひが下(した)に 鳴く鳥の
    声だに聞かば 何か嘆かむ 」 
                      巻10-2239 柿本人麻呂歌集

( 秋山のもみじの蔭で鳴く鳥の声。
      その鳥の声ではないが、せめてあの方の声だけでも聞くことが出来たら
      何を嘆くことがありましょうか )

古代、赤く色づくことを「したひ」と云っていました。
「したひが下」とは黄葉した木の蔭の意です。
愛する人のことを想っていたら、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
あれは人を恋ふる鳥、ホトトギスだろうか?

長い間逢っていない。
せめてあの人の声だけでも聞きたい。
電話などない時代、叶わぬ夢と知りつつも、つい口に出た。

「何か嘆かむ」は強い嘆きの表現。

相手の男は旅に出たのか、去ってしまった、あるいは亡くなったのかは
定かではありませんが、しみじみとした情感が漂う一首です。

4500余首ある万葉集の大半は恋の歌。
それも単に心の内を吐露するのではなく、四季折々の景観、動物、植物を
採り入れて詠う。
その語彙の豊かさ、発想の斬新さには驚くばかり。
近代の作者や歌人がなべて万葉に学んだのも肯けることです。

「 つねよりも 面影にたつ 夕べかな
     今やかぎりと 思ひなるにも 」 
                           建礼門院右京大夫

( もうこれっきりでお別れしようと思っていたのに-。
 夕方になったら、いつもより恋しく恋しく思われてなりません )

    
ご参考

「秋の恋歌」(553号 2015,11,5)の内容
           「 黄昏(たそがれ)の起源である誰(た)そかれ、
             秋萩、長雨、鳴く鶴、こおろぎ、枕と寝る、天飛ぶ雁 」

「秋の恋歌2」(601号 今回) の内容

           「 有明の月、秋風、韓藍(からあい);鶏頭、白露、 黄葉 」

「秋の恋歌3」(602号 次回)

           「 沢瀉(おもだか)、稲刈り、 露霜、  葛、  黄葉 」



                  万葉集601(秋の恋歌2)完


                  次回の更新は10月14日の予定です。

by uqrx74fd | 2016-10-06 20:08 | 心象