2013年 03月 30日
万葉集その四百十七 (うち靡く春)

( 浮見堂 奈良 )

( 長谷寺 奈良 )

( 又兵衛桜 奈良 )

( 千鳥ヶ淵 東京 )

( 同上 )

( 三春の滝桜 福島 )

( 東京国立博物館日本庭園 上野 )

古代「靡く」という言葉は「 草や髪の毛が風に靡く、人が横になる、服従する、
引きつけられる、慕う 」などの意味に使われ、そのほとんどが現代に継承されて
います。
この言葉が「うち靡く春」すなわち、春の枕詞になると、今まで静かに冬眠していた
草木や動物が暖かい日差しを浴びて生き生きと動き出し、花が咲き、鳥が囀りながら
木々を渡ってゆく躍動感あふれる情景を醸し出します。
たった二文字「うち」の凄さ、日本語の奥深さ。
万葉人はこの言葉を思う存分使って春到来の喜びを詠いました。
「 うち靡く 春立ちぬらし 我が門(かど)の
柳の末(うれ)に うぐひす鳴きつ 」
巻10-1819 作者未詳
( 草木の靡く春がいよいよやって来たらしいなぁ。
我が家の柳の枝先で 鶯が鳴きはじめたよ )
万葉集で鳥の一番人気は、ホトトギス(155首) 続いて雁(66首)、鶯(51首)、
鶴(45首)と続きます。
「春告げ鳥」、「歌詠み鳥」、「花見鳥」など美しい名前をもらった鶯は
その声ゆえに堂々のベストスリ-入りです。
「柳に鶯」は珍しい組み合わせですが、長い枝がゆらゆらと揺れているさまが
打ち靡いているように感じたのでしょうか。
鶯は笹の多い林の下や藪を好みます。
「梅に鶯」は詩歌や絵の世界で多く採りあげられていますが、実際に梅の蜜を
吸いに来るのはメジロが多く、時々雀が花を啄んでいるのも見かけます。
次の歌は万葉人の観察目の正確さを物語るものです。
「うち靡く 春さり来れば 小竹(しの) の末(うれ)に
尾羽(をは) 打ち触れて うぐひす鳴くも 」
巻10-1830 作者未詳
( 草木の靡く春がやってきました。
鶯が篠の梢に尾羽を打ち触れて、しきりに囀っていますよ。)
篠竹の梢に止まってしきりに鳴く鶯。
尾羽を小刻みに振り、葉擦れの音も爽やかです。
「うち靡く 春の柳と 我が宿の
梅の花とを いかにか 分かむ 」
巻5-826 大典 史氏大原(だいてん しじのおおはら)
( しなやかな春の柳。
それに我が家の庭の梅の花。
どちらが趣があるかといわれても、困りますなぁ。
両方とも素晴らしいものねぇ。)
大宰府の大伴旅人宅で催された梅花の宴での一首。
柳はその生命力の強さが好まれ、邸宅の周囲に魔除けとしても植えられました。
春一番に咲くのはネコヤナギで、通常の柳はそれから2カ月後に芽吹きます。
柳の花の形も面白い。
「 うち靡く 春来るらし 山の際(ま)の
遠き木末(こぬれ)の 咲きゆく見れば 」
巻8-1422 尾張 連(伝未詳)
( 草木が芽を出して靡く春が今しもやって来たらしい 。
山あいの遠くの梢の花が次々と咲いてゆくのをみると )
作者は春の訪れを心待ちにして毎日遠くの山間を眺めているようです。
花は山桜と思われますが、見るたびに花の数が増えている!
あぁ、やっと春が来たのだ。
静かな詠いぶりながら、内から湧き起る感動と喜びが伝わってくる一首です。
古都奈良では春を告げる行事「お水取り(修二会:しゅにえ)」が
3月1日から14日まで行われました。
梅に続き柳が芽吹き、辛夷(こぶし),木蓮、そして桜といまや春爛漫。
北国の春の訪れも真近なことでしょう。
「 うちなびく 春のかがやき あまねかり 」 筆者
▲ by uqrx74fd | 2013-03-30 19:48 | 自然