2018年 04月 26日
万葉集その六百八十二 ( 藤波ゆらゆら)

( 白藤 同上 )

( 春日大社境内いたるところで野生の藤が揺れている )

( 赤紫の色が美しい 奈良万葉植物園 )

( こちらの紫も優雅なり 同上 )

万葉集その六百八十二 (藤波ゆらゆら)
今年はすべての植物の花期が早くなり、梅、桜、杏子、李、桃、辛夷、
山吹、躑躅などが一斉に咲き、まさに百花繚乱。
さらに例年なら4月下旬から5月にかけて花開く藤まで顔を出す始末です。
古都奈良の春日山山麓は奈良公園をはじめとして春日大社周辺、
春日山原始林、万葉植物園は藤一色、紫の都に染まり、
大木に巻き付いた房が薫風に吹かれてゆらゆら靡くさまはまさに壮観。
このような光景は1300年前にも見られたのでしょう。
はるか九州で都の藤を懐かしむ歌が残されています。
「 藤波の 花は盛りになりにけり
奈良の都を 思ほすや君 」
巻3-330 大伴四綱
( ここ大宰府では藤の花が真っ盛りになりました。
見事なものでございますなぁ。
そういえば奈良の都の藤も目に浮かびます。
あなたさまも懐かしく思われていることでしょうね。)
作者は大宰府の役人。
長官、大伴旅人に語りかけたものです。
奈良の藤は野性のものが多く、杉,檜、松などの大木に絡みつき
高い所から房が垂れ下がっています。
風に吹かれると右に左に揺れて、遠くから見ると紫の衣が木に掛かっているよう。
樋口一葉はそのような景を
「 むらさきの雲かと見しは 谷かげに
松にかかれる 藤にぞ ありける 」 ( 一葉歌集)
と詠っています。
勿論、万葉植物園には各地から集められた色々な種類の藤棚があり、
こちらも感嘆する美しさですが、なんといっても野性のものに心惹かれます。
春日大社は古代の権力者藤原氏の氏神であり、藤は一族のシンボル。
それ故、春日山は立入禁止、禁断の地として保護されてきました。
幸い春日山原始林は柳生に通じる滝坂の道として解放され、人も多く通りますが、
周辺は特別天然記念物に指定されて環境保全には細心の注意がはらわれており、
昔のままの面影をよく残しています。
「 藤の花 這うていみじき 樹齢かな」 阿波野青畝
圧巻は万葉植物園のイチイガシの巨木に絡みつく臥龍の藤と
春日大社本殿の砂摺りの藤。
どちらも圧倒的な景観で私たちを魅了してくれます。
「 藤波の 咲く春の野に 延(は)ふ葛の
下(した)よし恋ひば 久しくもあらむ 」
巻10-1901 作者未詳
( 藤の花が咲く春の野に ひそかに延びてゆく葛のように
心の奥底でばかり恋い慕っていたら、この思いはいつまでも果てしなく続き
成就できないでしょう。
思い切って打ち明けなきゃ。)
藤波とは何と美しい万葉人の造語よ。
風に揺れる藤の花房、それも周囲一面波打つ姿が彷彿されるような言葉です。
作者は男、女両説がありますが、ここでは女性の方がふさわしいか。
下よし: 秘めたる恋の意
「下」は「目に見えない心の奥底」
「よ」は「より」
「し」は強調
藤も葛も何かに絡まってどんどん延びる。
葛だけで小さな小山をつくってしまうこともあり、両者とも非常に生命力が強い。
春日神社の巫女さんの髪飾りは藤、優雅なたたずまいの中にも
強固な意志が秘められているようです。
「 藤波の 散らまく惜しみ ほととぎす
今城(いまき)の岡を 鳴きて越ゆなり 」
巻10-1944 作者未詳
( 藤の花の散るのを惜しんで、ほととぎすが今城の岡を
鳴きながら越えているよ。)
今城: 所在不明とされるも現在の吉野郡大淀町今木あたりか。
(万葉集地名歌総覧 樋口和也 近代文芸社 )
藤は時鳥と取り合わせて詠われることが多く、他に卯の花も見えます。
平安時代になると藤は主に松に巻きついて長い花房を垂らし、
それが風に揺れる風景としてとらえられるようになり、「枕草子」で
「 色合いよく 花房長く咲きたる藤の、松にかかりたる」 (第75段)
と高貴な色の紫 常緑長寿のシンボル松と取り合わせ「めでたきもの」と
されます。
さらに常緑の逞しい男性的な松。それに寄り添う優雅で芯が強い藤。
それは男に絡みつく艶めかしい女性を想像させるようになり、
「 住の江の 松の緑も 紫の
色にてかくる 岸の藤波 」 後拾遺集 よみ人しらず
など、多くの歌に詠われるようになりました。
「 春日野の 瑠璃空の下(もと) 杉が枝に
むらさき妙なり 藤の垂り花 」 木下利玄
万葉集682 (藤波ゆらゆら) 完
次回の更新は5月4日(金)の予定です。
▲ by uqrx74fd | 2018-04-26 16:55 | 植物